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 女性による「性」の表現に、変化が起きている。差別や抑圧の下で生きる「痛み」から、からりと明るい「笑い」へ。フェミニズムの先駆者・上野千鶴子さん(67)と、性や生き方をテーマにしてきた作家の北原みのりさん(44)が、背景を語り合った。

 ――今年、人型ロボットにセクハラをして遊ぶプログラムが開発されました。中心になったのは女性デザイナー。女性による「性」の表現として印象的な出来事でした。(注1)

 北原 私は女性アーティストが性を表現した作品に、痛みや力を感じてきました。でも、ロボットに「痛み」はありません。「この『人』は何をやっても痛まない」と安心して、みんなが笑ってセクハラできる。おもしろいんだからいいじゃんと。「痛みを感じない体」の表現に戸惑いますし、暴力をユーモアとして笑うことに、違和感がある。女性の痛みを訴えるよりも、「笑って乗り越えよう」という風潮になっているのは、なぜなのか考えさせられます。

 上野 女の身体を男の消費財にするのは昔からやってきたこと。女が表現される側からする側に変わったというだけのことでしょう。

 ――ろくでなし子さんの作品も痛々しさとは無縁で、笑いを誘います。(注2)

 上野 女性アーティストにとって、女性器の表現は核心的な主題です。たとえば米国のジュディ・シカゴは、神話の女神から同時代の女性まで有名な女性たち39人の女性器のイメージをかたどった陶皿をつくりました。女性の性的自立はフェミニズムの大きな課題で、男が触ったり評価したりするものだった女性の性器や身体、快楽を、女性自身が取り戻して表現できるようにすることを掲げてきました。ろくでなし子さんはフェミニズムアートの系譜に無自覚でしょうが、「自分の性器を取り戻したい」という動機は共感できます。女性器をアートにするという彼女のアイデアはおもしろいですが、それが誰にどんな消費をされるかを考えてほしい。

 北原 かわいく飾り付けられた作品を最初に見た時、従来の女性器アートと比べて、あまりに軽くて、新しいと思いました。女性器をゆるキャラにするなど、日本のサブカル的ですよね。ろくでなし子さんは自身の性器を整形したことから女性器アートに目覚めたと言われていますが、自分の女性器を取り戻すのではなく、「他者」のように、取り出して見せる女性器表現だったと、私は実際に作品を見ていて感じます。自分のものでないのなら、痛みもないでしょう。女性器を表現することが、必ずしも従来のフェミニズムで説明可能なものではなくなっています。

 上野 セクハラ視線が蔓延(ま…

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