天皇陛下が作詞、皇后さまが作曲を手がけた「歌声の響(ひびき)」という歌がある。40年前、両陛下が初めて沖縄県を訪れた際、ハンセン病療養所の入所者と交流したのを契機に生まれた。宮内庁の協力を得て、CDブックとして11月に発売される。

 1975年7月、皇太子ご夫妻時代の両陛下は名護市にあるハンセン病療養所「沖縄愛楽園」を訪れた。ハンセン病への差別や偏見が珍しくなかった時代。両陛下は自ら訪問を望み、目が不自由だったり、指を失ったりした入所者一人一人と触れ合った。

 両陛下が帰る際、入所者たちから自然と合唱が起きた。感謝の気持ちを伝える沖縄の船出歌「だんじょかれよし」。涙を浮かべ、手拍子とともに歌う姿に、両陛下は炎天下に立ったままじっと聴き入った。

 この光景を、天皇陛下は後に、沖縄周辺の島々に伝わる「琉歌」に詠んだ。琉歌は八・八・八・六の音数律をもつ定型詩で、沖縄の人たちでも簡単に詠めるものではないとされる。

 《だんじよかれよしの歌声の響 見送る笑顔目にど残る》(だんじょかれよしの歌声の響きと、それを歌って見送ってくれた人々の笑顔が今も懐かしく心に残っている)

 その後、この琉歌は施設に贈られた。入所者らが沖縄民謡の節に乗せて歌ううち、「特別な曲があれば」という声があがり、それを知った天皇陛下が皇后さまに作曲を勧めたという。友人の作曲家、山本直純さんの協力を得て完成したのが「歌声の響」だ。山本さんの助言で天皇陛下は2番となる琉歌を新たに作った。

 《だんじよかれよしの歌や湧上がたん ゆうな咲きゆる島肝に残て》(だんじょかれよしの歌が湧き上がった、あのユウナの咲く島が今も懐かしく心に残っている)

 完成後、ソプラノ歌手や児童合唱団が歌う録音テープが愛楽園に送られ、歌い継がれてきたという。

 CDブックは、両陛下がともに80歳の傘寿を超えたことを機に、宮内庁の協力を得て作製された。人間国宝の西江喜春さんが沖縄の三線(さんしん)、東京芸術大学音楽学部長の澤和樹さんがバイオリンを担当した。曲を歌ったソプラノ歌手の鮫島有美子さんは「両陛下が作詞・作曲された唯一無二の大切な作品。多くの方々に知って欲しい」と話す。CDブックは、朝日新聞出版から11月6日発売予定、税込み1188円。(島康彦

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「歌声の響」歌詞全文

 (作詞・天皇陛下、作曲・皇后さま)

 だんじよかれよしの(ダンジュカリユシヌ)歌声(ウタグイ)の(ヌ)響(フィビチ)

 見送(ミウク)る笑顔(ワレガウ)目(ミ)にど(ドゥ)残(ヌク)る

 

 だんじよかれよしの(ダンジュカリユシヌ)歌や湧上(ワチャ)がたん

 ゆうな咲きゆる(サチュル)島肝(チム)に残て(ヌクティ)