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 東西ドイツを隔てる「ベルリンの壁」の建設が始まったばかりの1961年8月、鉄条網を飛び越え東から西へと逃れた東独の警備隊員がいた。当時19歳だったコンラート・シューマンさん。壁の建設後「初の亡命者」と英雄視されたが、自身は東独の秘密警察におびえ続け、98年に自ら命を絶った。10月3日で東西ドイツ統一から25年。家族や友人の証言からその人生をたどった。

 東西ベルリンの境界だったルピナー通りとベルナウアー通りの交差点。東独が壁建設を始めた2日後の61年8月15日、まだ高さ1メートル弱の鉄条網しかなかった。東独の警備隊員だったコンラートさんは、同僚らがそばを離れた隙を突いてジャンプ。10メートルほど離れた西側の警察車両に走り込んだ。一瞬の出来事だった。

 本人は「直前の2時間で悩み抜いた末に腹を決めた」と後に語った。鉄条網の向こうで西側メディアが大勢カメラを構えていた。「警備隊員も発砲しづらい」と考えたコンラートさんは、鉄条網の張り具合を確かめるふりをして少しずつ踏みつぶした。「来い、来い」。西側から呼びかける声が聞こえ、「条件は整った」と思ったという。

 「鉄条網を越えようとする人々…

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