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本多由利子さん(1936年生まれ)

 今年の8月9日朝、私は爆心地の西500メートルにあり、被爆校舎が残る長崎市城山町の市立城山小学校にいた。学校の平和祈念式典や慰霊式の前、千羽鶴を持って学校に来た本多由利子(ほんだゆりこ)さん(78)に出会った。

 彼女に覚えがあった。私は2年前の同じ日も同僚と城山小で取材をしていたが、本多さんはその時も城山小に千羽鶴を届けに来ていた。同僚が話を聞き、当日書いた記事で紹介した。

 本多さんは毎日、鶴を折っている。城山小にもたびたび千羽鶴を届けに来ている。同校の子どもたちが毎日礼をする少年平和像の前にも、いくつも本多さんの千羽鶴がかけられている。

 本多さん自身も被爆者だ。核廃絶を訴えたり、語り部をしたりするわけではない。こつこつと、一人で平和の象徴を作り続けていることに頭が下がる思いだった。どんな思いで折り続けているのか。詳しく話を聞かせてもらった。

 本多さんの自宅は城山小のすぐ裏手にあった。上がらせてもらうなり、大量の折り鶴が目に入った。「ここにもあるとよ」と押し入れからも、色とりどりの折り鶴を出して見せてくれた。

 窓からは浦上天主堂の方向が見渡せる部屋。好きなテレビ番組を見ながら、折り鶴を作るのが本多さんの日課だ。「苦にならんですよ」。話しながらも手が自然と動く。「見らんちゃ(見なくても)手が行く」という。

 本多さんが折り始めたのは、孫娘2人が城山小に通っていた1999年。同校の被爆校舎が平和祈念館となった際、「私も子どもと何かしよう」と始めた。以来、16年になる。折り鶴の中には「平和」「幸せです。ありがとう」などと思いを書いて折ることもある。ほとんど毎月、城山小に千羽鶴を届け、保育園や病院などにも贈ってきた。

 「誰かのためになれば」。ささやかな思いで続けてきた本多さん。鶴を折りながら、これまでの人生もふと思い起こす。

 本多さんは長崎市新戸町で育っ…

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