盛田幸妃さん(もりた・こうき=元プロ野球投手)が45歳で死去。関係者が16日、明らかにした。

 北海道出身。函館有斗(現函館大有斗)高からドラフト1位で88年に大洋(現DeNA)に入団し、92年には最優秀防御率のタイトルを獲得した。近鉄に移籍した98年、脳腫瘍(しゅよう)に侵されていることが判明し、手術を受けた。翌99年に1軍復帰を果たし、01年には2勝を挙げてカムバック賞に輝き、「奇跡のリリーバー(救援投手)」と呼ばれた。02年限りで現役を引退し、その後は野球解説者などとして活動していた。

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 元近鉄監督の梨田氏 「僕が2軍監督の頃に彼が病気になって、1軍監督の時に復帰して頑張ってくれた。病気の影響で足がしびれるなど、キャンプ中も思うように体が動かなくて相当悔しそうにしていたのを覚えている。そこから復帰した。熱い気持ちで、鋭いシュートで打者に向かっていく投手。時々球場で会うと、『元気ですよ』と言っていたのに。ショックですね」

 横浜時代に同僚だった楽天・斎藤隆 「非常に残念です。彼とは同い年ですが、よき友であり、よきライバルでした。あのえぐるようなシュートは今でも鮮明に覚えていますし、投手としての能力が高く、何よりもマウンド度胸がすごかった。私もたくさんのことを学ばせてもらいましたし、参考にさせてもらいました。彼がそれまでブルペンを支えてくれて、たくさんのものを残してくれたからこそ1998年の横浜ベイスターズ日本一があったと思います。(移籍して)その優勝の喜びを一緒に味わえなかったことは心残りですが、あまりにも若すぎます。心よりお悔やみ申し上げます」

 大洋、横浜時代に同僚だった中日・谷繁監督 「大洋に入団した時から常に一緒にやっていた方で、野球も必死にお互い取り組み、プライベートでもよくしていただきました。体調が悪いことは知っていました。いろんなことを考えると本当に寂しい。ゆっくり休んでほしいです。ご冥福をお祈りいたします」

 近鉄時代に同僚だった中日・大塚晶文投手コーチ 「突然のことで信じられません。盛田さんには病気から立ち直って復活するという、あきらめない気持ちを教わりました。僕も5回の手術をして、マウンドに必ず戻るという気持ちは盛田さんの姿を見たからこそでした。今はただご冥福をお祈りいたします」