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 原爆投下から70年。広島と長崎を最後に、戦争で原爆が使われなかった背景には、地道に続けられてきた被爆者運動や平和活動がある。活動に取り組んできた被爆者が朝日新聞社の「被爆70年アンケート」に寄せた「ことづて」に耳を傾けた。(《 》内はアンケートの回答から引用。年齢は今年9月の広島版掲載時のものです)

早志百合子さん:「原爆の子」きょう竹会会長

 《戦争というものが、いかに残酷で無意味であるか。身をもって体験した者が1人でも多くの人に伝えなければ、この世は終わってしまう気がする》

 広島で被爆した子どもたちの作文を集め、1951年に出版された「原爆の子」(岩波書店)。作文が載った人の親睦会「『原爆の子』きょう竹(ちく)会」会長の早志(はやし)百合子さん(79)=広島市安佐南区=は、朝日新聞社のアンケートにこう書いた。

 今年の8月6日、例年通り自宅でクーラーを切って、午前8時15分をじっと待ち、黙祷(もくとう)を捧げた。

 爆心地から1・6キロの比治山近くの自宅で被爆した。自分だけでなく両親も弟も全身を負傷したが、みな命は助かった。戦後5年ほど一家でバラック暮らしをした。食べるものに困り、イモの葉やカエルも食べる日々を送った。生きていくのに必死だった。

 中学2年の時、作文の宿題で、あの日見た光景を書いた。

 「死人が山のようにつまれていました。その中には、まだ息のある人もいました。男の人たちによって、どんどんその上へ投げつまれていきました」

 「ぜったいに戦争はいやです。ふたたびあんなおそろしい事件をまきおこしたくありません」

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 2013年、きょう竹会は、「…

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