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堀場清子さん:占領軍検閲資料研究

 《被爆100年の時、あなた方は果たして生きているでしょうか。もしも生きているとしたら、よほど幸運であったか、核廃絶に努めた人々の努力に効果があったせいでしょう》

 広島で入市被爆した堀場清子さん(84)=千葉県御宿町=は、朝日新聞社の70年アンケートの最後のページに、被爆100年を迎える30年後の人々へ宛てたメッセージを書いた。

     *

 1945年8月6日、広島の爆心地から約9キロ離れた緑井(現・安佐南区)の母方の家に疎開していた。当時14歳。原爆投下後、近所にあった祖父の病院で、全裸で墨汁を浴びたようにすすけ、乾いた血が全身をくま取った負傷者たちの手当を手伝った。「やかんと湯飲みをもって、水を求める被爆者の間を走り回っていました」と振り返る。

 8月20日ごろ、祖父の知人の安否を確認するため母と広島駅近くに行った。市内や周辺の村々は、見渡す限り遺体を焼く煙が立ち上り異臭が漂った。「音のない異様な世界」と感じたことを覚えている。

 46年、東京の父方の自宅に戻った。「自由と民主主義」の風が吹く中、早稲田大学の文学部で詩の世界を志した。しかし、原爆の詩を書こうとしても力が及ばず、実を結ぶまで十数年がかかった。

 81年、大学の在外研究員として渡米した夫とニューヨークで暮らすことになった。原爆作品に対する占領軍の検閲に関心があり、首都ワシントン近郊のメリーランド大学の図書館内にある「プランゲ文庫」に通うようになった。

 プランゲ文庫には、占領直後の日本で検閲にあたった連合国軍総司令部(GHQ)傘下の組織「民間検閲局」(CCD)の膨大な資料が保管されていた。日本人図書館員・奥泉栄三郎氏らが作った目録を基に出版物など何十万点に及ぶ検閲を受けた資料と向きあった。そこには「自由と民主主義」とは背反する世界があった。

 被爆詩人・栗原貞子の詩歌集「黒い卵」の検閲ゲラもあった。「黒い卵」は刊行時、詩3編、短歌11首がCCDにより「削除」された。だが、削除されたのは原爆に関連した表現というより、反戦をテーマにしたものが中心だったことを突き止めた。

 文庫の研究成果は、翌年から一般雑誌や個人誌「いしゅたる」で発表してきた。原爆の被害や非人道性を伝える作品への占領軍の対応は、刊行物の影響力や各地のCCDの判断で異なることを知った。日本側の「自主規制」が果たした役割が大きいこともわかったという。

 検閲の際に提出させたゲラを保…

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