県立坂本龍馬記念館館長の森健志郎さんが2日午後9時55分、高知市の自宅で亡くなった。73歳だった。 家族によると、2日午後9時40分ごろ、入浴が長いことを心配した妻の京子さんが心配して見に行くと、浴槽でぐったりし既に息をしていなかったという。死因は胸部大動脈瘤(りゅう)破裂。通夜は5日午後6時、葬儀は6日午前11時半から高知市知寄町3丁目のベルモニー会館知寄で。喪主は長男洋憲(ひろのり)さん。

 中国北部の張家口生まれで、立命館大学文学部を卒業後、高知新聞に入社、社会部長や学芸部長を歴任した。2005年から龍馬記念館館長を務め、龍馬の情報発信に注力した。龍馬の生き方を研究して現代へのヒントにしようと、09年に歴史研究者らと「現代龍馬学会」を発足。11年には米国で龍馬フォーラムを開催し、記念館前に龍馬の「シェイクハンド像」をつくった。同館の新館建設にも尽力し、18年1月のオープンが決まっていた。

 今年は龍馬生誕180年を迎え、誕生日で命日でもある15日を前に「一人でも多くの人に無私の心で行動し続けた龍馬を知ってほしい」と意気込んでいた矢先だった。

ファン拡大 人情厚く

 森さんの館長就任時に知事だった橋本大二郎さんは「硬軟織り交ぜた企画で龍馬ファンの裾野を広げてくれた。単にへそ曲がりで理屈をこねるのではなく、こうと決めたら突き進む、いい意味でのいごっそうだった」としのんだ。

 今年7月、記念館の学芸課長が新聞のコラムに安保法制に触れる内容を書き、館を管理・運営している県の外郭団体、県文化財団に抗議の電話が寄せられた時は、「本人がデモに参加したり、取材したりしたわけでもない。別に問題ないろう」とし「龍馬記念館は自由と平等と平和を発信しゆうがぜ。未来永劫(えいごう)の平和を求めるのはみんな同じなのに口をつぐめと言うのはおかしい。なんちゃ(問題)ないぜよ」と擁護した。高知新聞社会部で後輩だった宮田速雄(はやお)同社社長は「行動力と発想力が抜群で相手が誰であろうとひるまない。その上、人情が厚かった」と語る。

 今年度いっぱいで館長を退任することが決まっていた。妻の京子さんは「新館を見届けたかったはず」と悔しさをにじませた。(西村奈緒美、佐藤達弥)