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安元孝子さん(84)福岡県久留米市

 安元孝子さん(84)=福岡県久留米市=は被爆者へのアンケートで、50代の長女にあてたメッセージを書いた。「(看護師の)進路は被爆者の両親を持つ(ことによる)関心だったのでしょうか。とりわけ話すことも聞くこともない現在ですが一心にガン対策のスペシャリストとして突き進んでいる姿に感謝しています」。仕事が忙しく母親と話す機会が少ない記者(28)。「娘を思うお母さんの気持ちをもっと聞きたい」と思った。

 安元さんは14歳の時、爆心地から2・5キロにあった長崎市西山町の自宅近くの地下壕(ごう)で被爆した。両親と4人のきょうだい、いとこの計7人暮らしだった。家は爆風で破壊されたが、家族は全員無事だった。

 戦後は電電公社に勤めていた父の馨さんの転勤で、熊本県や小倉(北九州市)で暮らし、その後、福岡県久留米市で知り合った一生(いさお)さんと結婚した。

 それから2年。女の子を出産し、ベッドで休む安元さんに、一生さんが「比呂子」と書いた紙を手渡してほほえんだ。「旧姓の阿比留を忘れないように一文字もらっておいたよ」。普段、真面目で無口な一生さんが見せた優しさに感動し、二つ返事で長女の名前を決めた。

 比呂子さんが生まれた後のある日。一生さんが淡々とした口調で語り始めた。「実は、被爆者なんだ」。海軍に志願し、日見村(現・長崎市)の工場で働いていた。原爆投下の直後、爆心地付近で犠牲者の遺体の収容を命じられたという。

 安元さんは驚いた。そして、自身も被爆者だと伝えた。「隠していたつもりはなかったけど、この時初めて、夫婦がお互いに被爆者だと知ったんです」

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