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 パリがまたテロの標的になった。コンサートホール、カフェ、サッカー場の近く――。犠牲者は100人を大きく超えた。新聞社が標的になった1月の連続テロを上回る規模だ。今月末に世界の首脳が集まり地球温暖化対策を話し合う国際会議(COP21)を控える「花の都」に、非常事態宣言が出た。

 米国のロックバンドのライブが開かれていた「ルバタクラン」。週末休みを前にした金曜の夜。かいわいは、いつものように若者たちでにぎわっていたという。そこに狙いを定めるように、テロリストが無差別に攻撃を仕掛けた。治安部隊が突入したが、多数の観客らが殺害されていた。

 脱出してきた男性は仏メディアに語った。「悪夢だった。入り口に男たちが入ってきて銃を放った。観客は床に伏せたが、アラー・アクバル(神は偉大なり)と叫んでいた男は銃を撃ち続けた」。アラーはアラビア語で神を意味する。

 現場近くで通りに座り込んでいたマチルド・デュチュイさん(19)は朝日新聞の取材に小さな声で、「女性が叫ぶのを聞いた。夜が明けたら、(事態の重大さが感じられて)つらいだろう」と話した。

 デュチュイさんによると、自分がいたカフェに、通りにいた人たちが次々に逃げ込んできて、いっしょにテレビのニュースを見守った。銃撃から1時間ほどたった頃、ドアを開けて様子をうかがうと、足を撃たれた人が「中でじっとしていろ。出ちゃだめだ」と大声で叫んだ。

 現場から数百メートルのところに規制線が張られ、救急車やパトカーが列をなしていた。午前1時すぎ、担架に乗せられた人が運ばれていく。逃げ出してきた人たちは、保温シートにくるまって抱き合い、涙をながしながら、互いをなぐさめあっていた。

 1月に襲撃された、風刺新聞シャルリー・エブドの事務所は現場から数百メートルしか離れていない。再びの惨事を目の当たりにしてパリの人々は衝撃を受け、おびえていた。

 イダルゴ・パリ市長は事件を受けて、外出せず、帰宅するよう市民に呼びかけた。カフェやバーは早々と店を閉め、緊急事態の現場周辺を除くと、人通りはまばらだった。

 現場はいくつにも、またがっている。仏紙ルモンド(電子版)によると、銃撃があったカフェ「ベルエキップ」のそばにいた目撃者は爆発音を聞き、カフェの方を窓越しに見た。午後10時前に男が車からおりて、テラスに向かって何度も銃を撃った。「叫び声が聞こえた。男は車に戻り走り去った」と話した。たくさんの人が横たわっていたという。

 同じく標的となったカンボジア料理店では、銃撃直後に訪れた女性が、「多くの人々が倒れていて、何が起きたのか分からなかった。非常に静かだったのが強烈な印象だ。呆然(ぼうぜん)とした女性が『銃撃、銃撃』と言っていた」と話した。近くに住む男性は、3回の連発があり、最初の連射が「とても長かった」とした。

 13日夕は、パリ郊外のサッカー場で、フランス対ドイツの親善試合が行われていた。試合の前半、少なくとも2回の爆発音が聞こえたという。多くの観客がグラウンドに避難した。スタジアムの外では機動隊が近くの地下鉄の駅に観客を誘導。「怪しい荷物を発見」との情報が流れていたという。観客席にはオランド大統領の姿もあった。事件が起きてすぐに席を立ち、テロ対策の指揮にあたるためパリに急ぎ戻った。

 関係閣僚を集めた緊急会議の後、コンサート会場にバルス首相やカズヌーブ内相らとともに訪れ、「テロリストたちは、決意を固めたフランス、一体となるフランスと向き合うことになる」と語った。テロと闘う決意表明だった。(パリ=青田秀樹)

友人撃たれた男性「まだ実感は湧かない」

 パリ在住の出版社社員、グレゴアール・ヘロさん(40)は朝日新聞の取材に応じ、「多数の人が殺害されたコンサート会場で、友人の女性が太ももを銃で撃たれた」と話した。

 同じ会場前列にいた別の知人男性によると「犯人は無差別に人を撃っていた。伏せろと叫ぶ声もあったが、走っている人たちを無差別に撃ったり、伏せていた人たちも撃ち殺したりした。大虐殺だった」と話しているという。

 ヘロさんは日本のマンガの版権取得などが仕事でたびたび来日。知人にはポップカルチャーの愛好者らが多く、現場となった米国のロックバンドの会場に友人が複数いた。

 自身もパリ中心部の大通りに面した場所に住み、パトカーや消防車のけたたましいサイレンが響いた。事件直後から堪能な日本語をいかして、滞在者や旅行者向けに、ツイッターで安全情報の発信を続けている。

 ヘロさんは「コンサート会場は、以前に襲撃事件があったシャルリー・エブドから歩いて5分ほど。大事件だと思うが、まだ実感は湧かない」と話した。

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