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 26歳で1992年に急逝したロックミュージシャン尾崎豊さんが生きていれば、29日に50歳の誕生日を迎えるはずだった。大人社会や管理教育への反抗、自由を訴え、「10代の教祖」「若者のカリスマ」などとたたえられ、今なお若い世代にも響く“オザキ”。その歌を全身に浴びた同世代たちは「五十歳の地図」をどう描いているのか。

 バイクで夜の街を疾走、闇にともした煙草(たばこ)の火に「自由」を味わう――。そんな中学時代を尾崎さんと過ごしたのは、東京都内のシステムエンジニアの菊池剛さん(50)。幼なじみで練馬区の中学校の同窓生だ。

 中学ではアチーブメントテスト(学力テスト)でランク付けされ、持ち物や頭髪の検査など厳しい校則もあった。尾崎さんは「あいつら(先生)は内申書を武器に支配している」「くそったれの縦つながりの社会」などと批判していた。菊池さんが頭髪の検査で引っかかり、先生にバリカンで後ろ髪を刈られた時は抗議をしてくれたという。

 ミュージシャン志望だった菊池さんは放課後、尾崎さんとギターを練習していた。尾崎さんの歌「Bow!」に「サラリーマンにはなりたかねえ」という一節があるが、結局、夢をあきらめ、22歳でサラリーマンになった。10年ほど勤めた後、システムエンジニアとして独立した。「自分一人で勝負しようとしていた昔のようなトゲトゲしさはなくなり、丸くなったね。孤独や寂しさなど、自由の代償についても考えています」

 「五十歳の地図」はどこか色あせている。だが、今でも「十七歳の地図」に、ほのかなあこがれを抱く。

 都内の飲食業池田勲さん(50…

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