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荒木幸子さん(79)福岡県飯塚市

◆子どもたちへ――《私たちは、これから進んでいく道を正しく選択しているのでしょうか》

 あまりにも残酷すぎて、つらすぎて、大勢の人を前にすると被爆体験を言葉で表現できなかった。

 荒木幸子さん(79)=飯塚市=は、20年ほど前までの自分をそう振り返った。

 1945年8月9日。セミの声が響く晴れた日だった。爆心地から1キロ離れた長崎市竹の久保町。当時9歳。隣の家の縁側に座り、足をぶらぶらさせながら本を読んでいた時だった。

 「ゴーッ」――。突然、辺り一帯をたたき付ける音がした。「顔を上げた瞬間、カメラのフラッシュが世界を覆ったような光に襲われた」。縁側から玄関に走った直後、背中から爆風を浴びて飛ばされた。

 気がつくと崩れた瓦や壁に埋まっていた。隙間からはい出て、裸足で自宅に戻った。食器棚の下敷きになった母から、背中を切った妹を連れて高台の防空壕(ごう)に逃げるように言われた。

 防空壕は修羅場になっていた。…

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