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 今年で発売70年となる宝くじ。大阪市東住吉区のたばこ店「松本商店」の店主、松本謙蔵さん(85)は1950年から宝くじを売る。夢追い人を草創期から見つめてきた一人だ。

 国道に面した軒に「たばこ」「宝くじ」の看板が下がる。25日午前9時前、松本さんはシャッターを開け、年末ジャンボの束を引き出しに収めた。高さ1メートル、幅40センチの小窓の向こうに座り、「いよいよ年末ですね」と笑顔を見せた。

 戦前の27年から続く店。両親が終戦前年に病死し、松本さんは50年に中学の教員を辞めて姉から店を引き継いだ。宝くじの販売を始めたのもこの年だ。

 当時は単価10円で、1等賞金が100万円。「富裕層が多く買っていった。余裕がなければ買えなかったのだろう」と振り返る。

 高度経済成長の時代。街が豊かになるにつれて宝くじの売り上げも増えた。バブル崩壊前後のピーク時には「お歳暮代わりにお得意様に配る」と年末ジャンボを1千枚買ってくれる人に自転車で届けた。「客に1枚ずつ配る」と大量に買ってくれた喫茶店もあり、5千枚を売り切った。

 90年代半ば。一緒に軒を並べてきた喫茶店やハンコ屋が徐々に姿を消し、街にスーパーやコンビニ店が増えていった。宝くじでは数字選択式くじ「ナンバーズ」の全国販売が95年に始まり、一獲千金を狙って「財布の底まで金を使う」客も現れた。

 「当たるといいですね」。妻と3人の子どもの暮らしを支えながら、小窓から宝くじを手渡してきた。年末ジャンボの売り上げは2千枚ほどに減っても、「みんな明るい顔して買いに来る。抽選日までの夢を買う気持ちは、昔も今も変わらんのです」と言う。

 「当たったら車を買い替える」などと夢を聞かせてくれる客。「当たりを独り占めできない」と、菓子折りを持ってくる客。少額でも「当たったー!」と喜ぶ人の笑顔がうれしい。松本さんは今日も「夢」を求める客を待っている。(畑宗太郎)