評伝

 2003年、81歳で手塚治虫文化賞特別賞を受賞した水木しげるさんは、贈呈式のスピーチで「徹夜続きの手塚さんは早死にした。私は半分寝ぼけたような一生だったが、長生きした」と会場を笑わせた。

 得意のおとぼけ? いや、闇を引き寄せ、夢や回想に浸ることを許してくれる眠りこそ、水木さんの得意とする時間だった。

 空想好きな子どもだった。1922年大阪市で生まれ、すぐ母の郷里、鳥取県境港市に移る。依頼者の病気平癒を祈る“拝み手”の老婆「のんのんばあ」の妖怪話に夢中になり、寺の地獄絵を飽きず眺めた。

 黄金の子ども時代を、戦争が終わらせる。21歳で応召後は苦難だらけだった。激戦地のラバウル(ニューブリテン島)で左腕を失い、復員後は魚屋、アパート経営など職を転々とした後、紙芝居屋、貸本マンガ家と時代遅れの画業に従事。65年に「テレビくん」で講談社児童まんが賞を取り「やっと食えるようになった」時には40歳を超えていた。

 手塚治虫や「トキワ荘」グルー…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。

2種類有料会員記事会員記事の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら