水木しげるさんを悼む 小説家・京極夏彦

 いつも、必ずどこかにいる。いちいち確認しなくても、ずっといる。いることがわかっているから、安心できる。僕にとって水木しげるさんは、そういう人でした。僕が生(うま)れた時、もう水木漫画はありました。その後ずっとあって、今もある。物心つく前から水木作品にふれて、水木作品と共に育ち、水木作品と共に老いて、今の僕はあります。

 九十三歳、画業は六十年以上。その長きに亘(わた)り、常に第一線に立ってひたすら娯楽を生み出し続けてきた水木さんの功績は、いまさらくり返すまでもないでしょう。それは僕たちの血となり肉となり、そして日本文化の一側面を築き上げたといっても過言ではありません。日本文化の持つ創造性や特異性を「妖怪」という形で結実させ、再発見させてくれたのは、誰あらん水木さんその人でした。

 水木さんには左腕がありませんでした。戦争という抗(あらが)いがたい魔物が水木さんに消えない傷を刻みつけたのです。その残酷な目に見える現実世界と、妖怪という目に見えない精神世界との間を自在に往還し、水木さんは「生きることは愉(たの)しいし、生きているというだけで喜ばしいのだから、もっと喜べ」と、作品を通じ、また身をもって教えてくれました。

 一介の熱心なファンだった僕は、そのうちひょんなことから水木さんと知り合う機会に恵まれ、やがて一緒にお仕事をさせていただくことになりました。ご一緒する機会も多かったのですが、同じ場所にいるだけで「意味もなく幸せな気分になれる人」というのは、そういるものではありません。水木さんはそういう人でした。

 この二十年、水木さんはずっと…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。

2種類有料会員記事会員記事の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら