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 被爆70年の節目の今年、世界の科学者らが核兵器や戦争の廃絶を議論するパグウォッシュ会議が、11月初旬に長崎市で初めて開かれた。1954年に米国によるビキニ環礁の水爆実験で第五福竜丸が被曝(ひばく)した事件を受けて、物理学者のアインシュタインと哲学者のラッセルが55年に「ラッセル・アインシュタイン宣言」を世に出した。それをきっかけにカナダのパグウォッシュ村で57年に始まったのが、この歴史ある会議だ。今では自然科学者だけではなく、国際政治学者やNGO関係者も多く加わっている。

 計5日間に及んだ会議を取材し、メディアにも公開された討議の大半を傍聴した。会議では、被爆地で開かれた意義と同時に、核兵器廃絶がまだ遠いという国際情勢の現実を目の当たりにした。

 長崎でのパグウォッシュ会議は、参加者たちが被爆地に立つことから始まった。平和公園で献花し、その後、長崎原爆資料館を訪問した。原爆で父を失い、遺体を火葬した被爆者の山脇佳朗さん(82)が体験を語った。耳を傾けていた参加者からは「二度とこのようなことがないよう取り組んでいかなくてはならない。被爆体験をそれぞれの国に持ち帰って伝えていく」との声が上がった。資料館をはじめ、原爆で多くの犠牲者が出た小学校の被爆校舎も見学した。きのこ雲の下で何が起きていたのか――。会議が始まる前に、それを感じてもらおうという狙いだった。実際に被爆体験は、参加者の心に届いたのだと思う。

 だが、この日に始まった会議ではさっそく、厳しい現状も浮き彫りとなった。核軍縮を話し合うセッション。登壇したのは、核大国の米ロの高官だ。両者とも核軍縮の成果を語りつつ、「核兵器廃絶への道のりは簡単ではない」などと述べ、早期の核廃絶には否定的な見解を示した。根底にあるのは、核兵器によって安全保障の均衡が保たれているという核抑止論だ。その後も、核保有国パキスタンの軍関係者が講演した南アジアの核兵器を巡るセッションで、核兵器による抑止が強調された。

 こうした主張に対して参加者からは反論も出たが、核廃絶を願う被爆地と核保有国との間にあるギャップの大きさを痛感するばかりだった。会期中には、ニューヨークでの国連総会で日本が提案した核廃絶決議に対し、核保有国が棄権や反対の姿勢を示したとのニュースも届いた。

 パグウォッシュ会議では、核兵器だけではなく、中東など紛争を抱える地域の問題も議論された。シリアからも国際政治学者が参加した。彼に話を聞くと、こう語った。「長崎、広島は70年前に核兵器で街が壊滅した。だが、シリアでは今、国全体が破壊されようとしている」。さらに、他国の介入こそが内戦の解決を妨げていると訴え、「自分たちの利益を考えることはやめてほしい。シリアが良くなることを考えられるのはシリアの人たち。戦争を止めたい」と話していたのが記憶に残る。

 長崎、広島の問題だけではなく、世界には、知るべき問題が多いと思い知らされた。

 刻々と変化していく国際情勢の中で安全保障は考えられ、被爆地、被爆者の思いは必ずしも世界にまっすぐに届くわけではない。長崎で被爆者らの取材を続けてきた私は、そのことにもどかしい思いをしてきた。

 今年4、5月には米ニューヨー…

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