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 8日は太平洋戦争(1941年12月8日~45年8月15日)が始まった「開戦の日」。日本の安全保障政策が大きな転換点を迎えるなか、不戦と平和、そして今もなお救済を求める人たちが各地で思いを訴えた。

空襲被害者ら「救済を」

 東京・永田町の国会周辺では、空襲で家族を亡くしたり負傷したりした人ら約50人が大阪や名古屋などから集まった。午後0時半から衆院第2議員会館前で集会を開き、国による被害者救済制度を早急につくるよう訴えた。

 全国の空襲の遺族会などでつくる全国空襲被害者連絡協議会(全国空襲連、2010年結成)の主催。全国空襲連は、軍人・軍属には恩給や援護がある一方、民間人には法的な補償がない現状は不平等だとして被害者救済の立法化を求める運動に取り組んできた。戦後70年の今年を「実現に道筋をつける年」と位置づけている。

 8日の行動は、8月に発足した超党派の国会議員連盟の活動を後押しするために計画。集会で全国空襲連共同代表で弁護士の中山武敏さん(71)は「これからも頑張っていきましょう」と力を込め、参加者に連携を呼びかけた。議員会館前での集会後には記者会見を開き、国会議員連盟のメンバーに約30万人分の署名を渡すことにしている。

「子どもたちを戦争に行かせない」

 大阪・難波では数十人の女性が街頭に立ち、「召集令状」を模したチラシを行き交う人たちに配った。戦時中、召集令状は徴兵が決まった人へ配達され、「赤紙」とも呼ばれた。「子どもたちを二度と戦争に行かせない」。8月15日の終戦の日も含めて恒例となった活動には、こうしたメッセージが込められている。

 大阪母親大会連絡会の主催。チラシ配りは1973年の終戦の日に始まり、75年からは開戦の日も取り組む。安全保障関連法の成立後としては初めての今回の活動では、チラシに「自衛隊の海外派兵は許さない」といった文言も加えた。

 連絡会副委員長の田川治代(はるよ)さん(70)=大阪市=は「今こそ、遠い存在になっている戦争を若者に知ってほしい」。チラシを受け取った専門学校生の江川大生(たいせい)さん(20)=同=は「戦争を体験したひいばあちゃんが『食べ物が無くて苦労した』と言っていました。無関係の人も巻き込む戦争はよくない」と話した。