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阪神大震災21年 あのとき10代だった:5

 北の窓いっぱいに、雪をかぶった駒ケ岳が見える。2席だけの小さな美容室に、浜田剛至(ごうし)さん(35)が動かすはさみの音だけが響いていた。北海道森町の「髪結処TeGaMi」。入り口横には「羽衣町」と書かれた色あせた緑の住居表示プレート。阪神・淡路大震災をきっかけに離れた、兵庫県西宮市の住所だ。

     ◇

 「下に人がおんねんぞ」。21年前の1月17日。家具が散乱する西宮の自宅マンションから抜け出した浜田さんは、近くに住む中学2年の同級生、ヤスノリのアパートの前で叫んでいた。木造建築の2階が1階を押し潰し、その上を大人たちが歩きながら救助活動をしていた。

 小学6年の時に引っ越してきて、放課後はサッカーのクラブチームに通う浜田さんにとって、ヤスノリは数少ない友人だった。

 「うそやろ」。遺体安置所となった体育館でヤスノリは眠るように横たわっていた。彼の母も2人の妹も。16日夜のことが頭に浮かんだ。「今日泊まりに行っていい?」と話すヤスノリに、「明日学校やぞ」。練習で疲れていて断った。自分次第でヤスノリは助かっていたかも。

 中学校のサッカー部員だったヤスノリは「(Jリーグの)清水エスパルスに入りたい」と言っていた。なら、あいつの分も俺が入る。それで、インタビューでは震災のことを忘れないように訴えたり、被災地にたくさん寄付をしたり――。

 プロに近いと思った三重県の強…

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