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 「デカルトの『方法序説』によって私は学問の方法を学んだ。学問にはまず『疑い』がある。その疑いは、それまでの通説に対する深い疑いである。そのような長い疑いの末、直観的に一つの仮説を思いつく」

 12日に93歳で亡くなった梅原猛さんは米寿(88歳)の時の講演で、こう述べた。自らを哲学者と呼び、「すべてを疑い、権威に対して戦うことが哲学者の任務」と公言した。

 奈良・法隆寺は聖徳太子一族の怨霊を鎮める寺だと説いた「隠された十字架」(1972年)、柿本人麻呂は刑死したと主張した「水底(みなそこ)の歌―柿本人麿論」(73年)などは、まさに従来の常識や通説を疑い、覆すもので、代表的な著作となった。だが、たとえば怨霊という実証不可能なものに基づいて論じていく方法は、専門家からの批判、反論を盛んに浴びた。

 縄文論では、縄文文化が「日本固有のものでアイヌ文化と共通する」とした。日本文化を稲作とその上に成立した権威体制ととらえる従来説に対する革命的な論と評価される一方、文化の歴史的変遷を無視した「危険な日本賛美論」とする批判もあった。

 学者としての実証性の物足りなさを批判する声はあったが、それを差し引いても余りある独自の構想力は、多くの読者を獲得した。歴史、宗教、文学、美術などの領域を超えた視野の広さは、非常に専門化した学者ばかりが目立つ中、貴重な存在だった。

 劇作家としても才能を発揮した…

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