【動画】お笑いタレントの石井てる美さんから受験生へ=瀬戸口翼撮影

 東京大学工学部、東大大学院を出て、外資系コンサルタント会社マッキンゼー・アンド・カンパニーに就職。こんな華麗なキャリアを経て、お笑い芸人に転じた石井てる美さん(32)は「センター試験が人生で一番緊張した」そうです。自身の体験から「普段と違うことは絶対やるな」と受験生たちにアドバイスを送ります。

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 受験生のみなさん、石井てる美です。

 もうすぐセンター試験ですね。私も10年以上前に受けました。鼻血事件。忘れもしません。

 数学1Aで確率の問題を解いているときでした。小問が終わって検算すると「あれ? 答えが合わない」。その瞬間、鼻血がどばーって出てきたのです。たらー、じゃなくて、どばーっです。左手を鼻血の受け皿にして、右手で手を挙げて試験監督の人にカバンからティッシュを出していいかを聞きました。そしたら、そのおばちゃんが「確認しますからお待ちください」って超マニュアル人間。「おいおいこっちは1分1秒に人生かかってんだぞ」とパニックでした。

 残り時間は30~40分くらいだったか、鼻にティッシュを詰めて、がむしゃらに解きました。マークシートに血しぶきが残っちゃって、早く帰って勉強したいのに、係の人に「答案として処理できるか調べますので、残ってください」と「汚染答案」呼ばわりされて待たされたときは、またパニック。受理されなかったら東大受けられない……と泣きそうでした。

 でもね、これは結局自分が悪いんです。いつもと違うことをすると何かが狂うんですよ。数学1Aの前に「数学は頭の回転が大事」って、普段は勉強中に食べないチョコを食べたんです。試験教室内は暖房が効きすぎていて異様な暑さでした。そこにチョコ。もう、鼻血が出る「前フリ」にしか思えないですよね。だから試験では、いつも使う鉛筆、いつも着ている服、とか普段と同じことをしないとダメです。

 お笑いの舞台も一緒です。例えば、持ちネタのフリップ漫談。大きな大会だからといって、いつもより大きな画用紙を使ったとき、なぜかうまくできない。画用紙を落とす動作ひとつがいつもと違うだけで焦る。そういう空気感がお客さんに伝わるのか、いつものような笑いが起きない。でも、人間は「本番」となると、なぜかいつもと違うことをしがち。センター鼻血事件は、私が通っていた塾で毎年試験前に語り継がれる教訓になったらしいですけど、みなさんも気をつけましょう。

「勉強ならいくらでもするから……」

 勉強に目覚めたのは中学からです。たいした準備もせずに受けた中学受験で第一志望に入れなくて。合格発表で番号がなくて、私は「ふーん、そうか」としか思わなかったのに、帰りの電車で母親が泣いていた。それを見たとき覚醒しました。

 身長や顔とかそういう外見的な部分は自分の力で変えることは難しいですよね。でも勉強はやった分だけ成績が伸びる。フェアですよね。それに気がついてから、主体的に勉強するようになりました。さぼって彼氏と図書館でいっしょに勉強している同級生を横目で見て、内心うらやましく思いながらも、「これは修行だ」って言い聞かせ、受験科目じゃない授業も心して受けました。直前期は、この修行が報われなかったらと思うと怖くて「勉強ならいくらでもしますから、受かるかどうかだけ先に教えてください」と祈りましたね。

 センターはガッチガチに緊張しました。舞台も緊張しますけど、センターは1年に1回じゃないですか。大学受験は残酷です。たかだか、1、2点の差で、受かるか受からないかが決まる。マークシートなんて、一つずれただけでアウト。そんなちょっとしたことで決まるのに、学歴って一生もので、いつまでもついて回る。おかげで今、東大卒の芸人って珍しがってもらえていますけど、本当のところは「東大卒って言われている間は、芸人として全然ダメだ」と思いながらやっています。

コンサル時代はギャグ通じず

 卒業後はコンサルタントとして働きました。まー、キツかった。仕事漬けの職場の空気に、ボケる余地はゼロでした。例えば、社内イベントで三つのグループをつくるとき、「1、2、3」と一人ずつ言うことになって、当時はやっていた世界のナベアツさんのギャグをまねて、アホになって「3」って言ったら、完璧にスルーされました。

 唯一私が輝けたのはイヤー・エンド・パーティー(忘年会)。入社1年目が出し物をやるんですが、ダンスレッスンに通ってマイケル・ジャクソンを完璧にコピーしました。社内で「マイケル」と声をかけてもらえるほど有名になったんですけど、肝心のプロジェクトには全然呼んでもらえない。ビジネスの世界はシビアです。社内の評価ばかりが気になって、ストレスで太って。毎朝「車がひいてくれたらいいのに」というテンションで出勤。病んでいました。

 「なぜ、東大を出てまで芸人に。コンサルを辞めても、どこにでも転職できたでしょう」ってよく言われます。東大に入ると「将来は大丈夫」という人生のレールがたくさん用意されるのは間違いない。東大に入ってくる人の多くは、そういう安定や将来の保証を欲しがる人たちです。

 でも、仕事で追い詰められていた時期、知らないうちに“素”の自分にウソをついて、世間から「すごいね」って言われたくて生きていたことに気がつきました。自分が本当にやりたいことを考えたとき、せっかく生まれてきたのに自分にウソをつき続ける人生は楽しいとは思えなかった。昔から、人前で何かをやって楽しませるのが好きでした。高校時代は学園祭の実行委員長としてイベントでMCやって「エンターテイナーだね」って言われてうれしかった。東大時代は、飲み会の爆笑女王。「私が東大で一番おもしろい」って本気で思っていました。そういう大いなる勘違いからお笑いの世界に飛び込みました。社内に送った退職あいさつメールに、お笑い養成所の合格通知を添付してね。

先の見えない怖さは楽しい

 失敗という言葉が嫌いです。それって誰が決めるんですか。私は中学受験で第一志望に不合格だったけど、それをバネにして東大に入った。中高時代も最高に楽しかった。だから、中学受験を失敗とは思っていないし、むしろよかったと思っています。結果が出たときは、それが良い結果でも、悪い結果でも、スタート地点に立っただけです。その後、その結果をどう転がすかは自分自身でしかない。

 当然ですけど、芸人の世界で本当に売れるためには東大卒の肩書なんて丸腰同然、何の価値もない。芸人になってからの6年間は真っ暗な中をさまよい歩いているような感覚でした。でも、思いがけない仕事がめぐってきたり、思いがけない人と出会ったり。先が見えない怖さというのは、楽しさでもあるわけです。

 そうそう、受験前に彼氏といちゃついてた同級生は結局、志望校は不合格でした。私は大学2年で念願の初彼氏ができました。この経験から私は受験生に「赤門くぐるまで赤門開くな」と言いたい。

 はい、下ネタです。締めのコメントで下ネタぶっ込んですいません。でもね、これ、本当ですよ。異性と遊ぶのは大学に入ってからいくらでもできます。「赤門くぐるまで赤門開くな」。この名言、カットされるんだろうな。(聞き手・佐々木洋輔)

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 いしい・てるみ 東京都出身。都内の中高一貫校から東大文科三類に入学。工学部社会基盤学科卒、東大大学院修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。TOEIC990点(満点)、英語検定1級取得。著書に『私がマッキンゼーを辞めた理由―自分の人生を切り拓く決断力―』。石井てる美は本名。32歳。