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阪神大震災21年 あのとき10代だった:3

 倒壊した日本家屋。重い屋根瓦を一人で動かそうとする無表情の少女。瓦がこすれる以外、音はない。しばらくして遠くから消防車のサイレンが聞こえてくる――。

 昨年公開された映画「人の望みの喜びよ」の冒頭場面は、杉田真一(まさかず)監督(35)=東京都中野区=の実体験に基づく。

 兵庫県伊丹市出身。中学2年の時、同市鋳物師(いもじ)の自宅で阪神・淡路大震災に遭った。国道171号沿いの自宅アパートは一部損壊だったが、家族は無事だった。窓の外を見ると、駐車場を隔てて向かいの日本家屋がつぶれ、瓦屋根が直接、地面に乗っていた。

 悲鳴一つなく、静かだった。「きっと、誰もいなかったんだろう」

 2時間後、学校があるか分からなかったため、いったん登校した。「自宅待機」といわれて帰宅すると、日本家屋の周りには人だかりができ、救急車や消防車が駆けつけていた。

 「中に人がいたの?」。家族全員が生き埋めになると、助けを呼ぶ者がいない、という現実がのみ込めなかった。

 通っていた中学校は避難所になった。当初は体育館に被災者があふれていたが、仮設住宅ができ、減っていく。それでも、卒業するまで、校舎の隅の教室にも被災者が暮らしていた。友達とその教室の前を通る時だけ、声をひそめた。「どう関わっていいかわからない。だから、見て見ぬふりをしたんです」

 国立明石高専に進学し、寮生活…

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