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 中曽根康弘首相がレーガン米大統領との初めての首脳会談を翌月に控えた1982年12月、武器輸出三原則の初の緩和となる対米武器技術供与について「自分が決断すればいいことなので、いける。国会が止まることも覚悟」と駐米大使に語っていたことが、24日付で公開された外交文書でわかった。内閣法制局には「違憲」との反対意見があったが、中曽根氏が押し切ったことも、後のインタビューで明らかにしている。

 文書は82年12月18日、中曽根首相が大河原良雄駐米大使に述べた内容。「武器技術供与については、自分が決断すればいいことなので、いけると考える。国会が止まることも覚悟して対処。三原則との関係については、メリット・デメリットを法制局等で検討の上、判断」などと述べている。

 さらに中曽根氏は引退後のインタビューで、「法制局が憲法違反だと言っていた」のを「首相の判断で押し切る、それが首相の立場だ」と明かしている。

 中曽根氏は83年1月の訪米時の首脳会談で、米国に日本の武器の技術を供与することを表明した。対米武器技術供与は日本国内では、首脳会談直前に後藤田正晴官房長官の談話として発表。佐藤栄作、三木武夫両首相が表明した武器輸出三原則の初の緩和となり、国会で野党から「違憲」などと追及を受けた。武器輸出三原則は、小泉内閣の日米ミサイル防衛共同開発などで一層緩和され、安倍内閣が昨年撤廃した。

 同じ文書では、中曽根首相が「…

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