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阪神大震災21年 あのとき10代だった:2

 昨年7月、ネパールの首都カトマンズから約30キロ離れた山村に加島(かしま)康平さん(34)=東京都渋谷区=はいた。日本赤十字社国際救援課の職員として診療所を支援するためだ。

 初めての海外派遣。大地震と余震で9千人近くが亡くなってから2カ月余り経ち、人々は直後のショックから抜け出し、表情には復興に向けたエネルギーも見えた。約5週間の活動を終え、こう思った。「もっと被災者に寄り添える活動をしたい」

     ◇

 21年前、瀬戸内海を一望できる神戸市須磨区の高台にある一軒家に、当時中学1年生だった加島さんは、祖母と両親、小学5年生の妹、1年生の弟の一家6人で暮らしていた。

 突き上げるような揺れで目を覚ますと、左隣で寝ていた父、信二さん(当時42)の「うっ」といううめき声が聞こえた。呼びかけに答えがなかったのか、母、誠子さん(60)が「お父さんが死んだ」と泣き叫んでいた。

 暗闇の中、胸から下をほとんど動かせない。「はよ近所の人呼んできて」。泣きながら家族を捜す妹の麻子さん(31)に叫んだ。「行かれへん」。家は土台ごと崩れていた。

 近所の人に助け出され、向かった近くの病院。父はロビーの床に寝かされており、死亡を確認する書類にサインを求められた。次に訪れた体育館では、弟の龍祐くん(当時7)が眠っていた。

 抑えていた感情がはじけたのは…

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