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阪神大震災21年 あのとき10代だった:6

 「高い建物が増えたね」

 昨年11月、18年ぶりの母校の屋上からは、神戸の街並みとその先の海までが見渡せた。震災の爪痕は、もううかがえない。

 21年前、高校1年だった宇仁菅綾(うにすがあや)さん(37)=大阪市北区=と河部文(あや)さん(37)=神戸市灘区=は、兵庫県立神戸高校で演劇部に所属していた。稽古場はこの屋上。昨秋、高校時代に演じた「青い街」のビデオが見つかり、2人は落ち合ってこの場所に来た。

     ◇

 震災から2カ月後。同じ場所から見た街並みは、崩れた家にかけられたブルーシートが点々と広がっていた。「もう元の街には戻らないだろうな」。自分たちが感じたことを劇にしたい。他の部員たちと、それぞれの体験や思いを話し合って台本作りを進めた。

 宇仁菅さんが直面したのは親友の死だ。震災の3日前、同級生の青嶋恵さんともう1人の友人を自宅に招いたお泊まり会。「2人が寒がるかも」と、暖房をつけたまま寝た。室内は乾燥し、翌朝青嶋さんは体調を崩した。宇仁菅さんも高熱が出て、1月16日は自分の部屋ではなく、久しぶりに家族と一緒の部屋で眠った。

 17日未明。激しい揺れで目を覚ました。自分の部屋は、天井まで届く本棚が倒れていた。「風邪ひいてて良かったな」と両親は笑顔で繰り返した。

 数日後、偶然会った河部さんに告げられた。「青ちゃん、駄目やった」。吹奏楽部の朝練習で午前5時に起きるはずの青嶋さん。あの日は寝ていて、梁(はり)が落ちてきたという。「調子が悪くて休んでたんだ。自分のせいだ」。暖房の話だけは誰にも話せなかった。

 2年生の夏、「青い街」の台本が完成。屋上から眺めたブルーシートの光景をタイトルにした。高校生ナオコが、自宅も家族も無事だったことに後ろめたさを感じながら、ボランティアに取り組む物語。河部さんはナオコ、宇仁菅さんは避難所で暮らす高齢女性に扮し、悩むナオコに「つらい時に欲しいのはそばにいてくれる人」と説く。

 劇は県大会、近畿大会と選考を…

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