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 阪神・淡路大震災では、プロ野球オリックスの若手が入居している選手寮「青濤館(せいとうかん)」(神戸市西区)も強い揺れに見舞われた。2017年から球団が練習拠点を大阪市此花区の舞洲(まいしま)地区に移すため、四半世紀もの間、市民になじみ深かった寮は、今季で使命を終える。当時を知る人たちは、思い出の詰まった寮を離れることに寂しさを募らせる一方、新しい寮へ期待も込める。

 1995年1月17日午前5時46分、青濤館の302号室。2年目のシーズンを迎えようとしていた平井正史さん(40)=現オリックス2軍投手コーチ=は、飛行機の離陸時のような「ゴー」という音で目覚めた。直後に、激しい縦揺れ。布団にくるまったまま、ベッドにしがみついた。

 揺れが収まると、2階の食堂に次々と選手が集まった。現在、大リーグで活躍するイチロー(42)は愛知県豊山町の実家に電話していた。ただ、地盤が強いため寮の損壊は軽微。自主練習のためこの日、沖縄・宮古島に出発するはずだった平井さんは、空港に向かうためタクシー会社に電話した。すると「とてもじゃないけど、行ける状態じゃない」と告げられた。

 屋上に上がった当時寮長の平川恵一郎さん(76)は、薄暗い中、東の空に立ち上る煙を見た。大火災になる前の神戸市長田区だった。沖縄行きは中止になった。

 震災後、ガスや水道などのインフラが無事だった青濤館は、ちょっとした支援拠点となった。当時の打撃投手で、現寮長の宮田典計(のりかず)さん(61)も避難してきた。平川さんによると、被災した一般の人には備蓄されていたおにぎりや水道水が提供され、1日で約10人が寮を訪れたという。

 オリックスはこの年、初のリー…

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