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仕事失い、募る焦燥感

 「検査の結果、右胸のしこりは悪性でした。手術が必要ですね」

 東京都杉並区に住む会社員の女性(49)は2011年12月、JR東京総合病院(東京都渋谷区)で医師から乳がんを告知された。

 東京都内の自動車販売会社で派遣社員として働き始めたばかり。真っ先に頭に浮かんだのは、「仕事を続けられるだろうか?」という不安だった。

 両親はすでに他界し、石川県にいる妹(47)と弟(43)は、それぞれ家庭をもっている。女性はずっと独身の「おひとりさま」として暮らしてきた。

 会社に病状を伝え、仕事は継続できることになった。しかし、その数日後、職場のトイレで吐き気やめまいなどで歩くこともままならない状態になり、救急車で病院に運ばれた。

 幸い翌日には体調が戻り、出社すると、自分の机の上に見慣れない紙袋があった。中身は、私物のマグカップや筆記具などだった。

 「わたし、クビなんですか?」

 不安は的中した。

 「がん患者は体力がもたないから仕事は無理だろう。すでに後任を選考している」。職場の上司から、そう告げられた。派遣社員の仕事は、やめざるを得なかった。

 「好き好んで病気になったわけではないのに……」。悔しい気持ちと同時に「がん患者は世間からそうみられるのか」と思った。

 乳がんの進行度は「ステージ1」だったが、MRIなどの検査をしたところ、右の乳房に病変が広がっていた。同病院乳腺外科の尾身葉子(おみようこ)医師(41)から「(右の)乳房の4分の1を切除する必要があります」と治療方針を伝えられた。

 翌年1月、手術を受けるために入院。石川県から妹が駆けつけてくれた。手術は無事に終わり、他の部位への転移もなかった。

 同じ時期に入院した他の患者には、家族がずっと付き添っていた。一方、手術後すぐに妹は石川県に帰り、約10日間の入院中に見舞いに来てくれたのは友人ら2人だけ。寂しさは感じなかったが、仕事を失い、焦燥感が募った。

 「退院後に、仕事はすぐに見つかるだろうか」。そのことばかり考えていた。

 

就職した矢先、再び告知

 乳がんが見つかった東京都杉並区に住む会社員の女性(49)は2012年1月中旬、JR東京総合病院(東京都渋谷区)で乳房を一部切除する手術を受けた。退院日が迫るにつれ、気分が沈んでいった。

 「入院中は食事も出てくる。でも退院したら、治療を考えながら1人で就活する日々が始まるな」

 手術から約1週間後の退院の日。1人で電車に乗って、自宅に帰ると、部屋はひんやりとしていた。寂れた駅に入った時と同じような感覚だった。「昔、一緒に暮らしたおばあちゃんがいてくれたらな」と、ふと思った。

 手術など治療費の一部は民間保険でまかなえた。でも貯金はほとんどなく、生活費を稼ぐ必要がある。すぐに失業手当を申請した。

 2月からは、がんの再発を防ぐため、飲み薬や注射による薬物療法を開始。平日は病院に行き、放射線治療も受けた。だるさや吐き気、めまいなどの副作用に悩まされながらも、都内のハローワークに通った。

 就職先が決まったのは失業保険…

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