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 阪神・淡路大震災で味わった無力感を胸に、その後を生きる若者を描いた連載「あのとき10代だった」。この記事に「共通点が多く驚いた」と、大学講師の吉井美奈子さん(39)=京都府精華町=が声を寄せた。「何もできず罪悪感が募っていた」という震災に向き合い、教え子に命の大切さを伝えている。

 1月17日、21回目の追悼の日を迎えた神戸・三宮の東遊園地。吉井さんは「慰霊と復興のモニュメント」に目を走らせ、友人一家の名前を捜した。震災後、ここに来るのは初めて。「本当に亡くなっていたんやな」。涙がこぼれた。

 1995年1月17日、高校3年生だった。当時の自宅は奈良県香芝市。揺れで目が覚めたが、本棚から本が数冊落ちた程度。センター試験の自己採点のため学校へ行き、帰ってきたところ、被害を伝えるテレビを見て、「大変なことになっている」と気づいた。

 数年前、近所に住んでいた幼なじみが、神戸市長田区に引っ越していた。「あの子、どうなったんだろう」。3日後、15歳だった彼女の名を新聞で見つけた。母と姉と思われる名前も並んでいた。

 弔いたいと思っても、誰に連絡を取っていいか分からない。ボランティアに行こうかなという考えが頭をよぎったが、自分は受験生なんだしと思い直した。

 結局、大学に入ってからも被災地に足を踏み入れないまま、時が過ぎた。「あのとき何もできなかった」という無力感が、後ろめたさになって、余計に足を遠のかせていた。

 そんな気持ちは、東日本大震災の発生で変わる。家政学が専門の研究者になり、属していた日本家政学会が、被災地の生活復興のため、研究と支援をする研究者を募集したのに、応募。動機に「阪神のとき何もできなかった。今できることをしたい」と書いた。

 これまでに、宮城県石巻市に1…

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