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 愛知県大府市で2007年、認知症で徘徊(はいかい)中の男性(当時91)が列車にはねられ死亡した事故で、JR東海が遺族に約720万円の損害賠償を求めた訴訟の弁論が2日、最高裁第三小法廷(岡部喜代子裁判長)で開かれた。この日で結審し、判決は3月1日。認知症の高齢者が起こした事故の賠償責任を、介護してきた家族が負うべきかについて、最高裁が初めての判断を示す。

 JR側は、振り替え輸送費などの賠償責任が男性の妻と長男ら家族にあると主張。責任能力がない人の賠償責任は「監督義務者」が負うと定めた民法714条が適用されるかが争点となった。一審・名古屋地裁は、在宅介護をしていた男性の妻と、介護方針を決めたとされる長男に全額の支払いを命令。二審・名古屋高裁は妻のみに半額の約360万円の支払いを命じた。

 この日の弁論で遺族側は、JR側の姿勢を「障害者と健常者の共生社会を許さないものだ」と批判。「事故の損害は社会的コストとして企業が負うべきで、夫婦には互いを監督する義務はない」と訴えた。

 さらに、「認知症の人が一人で外出することは本来無害な行為で、尊厳や行動の自由の点からも世界的な流れだ」と指摘。介護が家族の犠牲と負担で成り立っていることを挙げ、「事故後に結果責任を負わせては、介護は成り立たない」とも主張した。

 監督義務者の賠償責任をめぐる裁判では、子どもが起こした事故で両親が賠償を求められる例が多い。認知症の人の事故で介護する家族が賠償を求められたケースで、最高裁の判例はない。

 二審判決を変更する場合に必要な弁論が開かれたことから、何らかの形で二審判決が見直される見通しだ。

事故をめぐる経緯

2000年   愛知県大府市に住む男性に認知症の症状が現れる

  02年3月 家族会議を開き、横浜市に住んでいた長男の妻が、男性の介護のために単身で近所に転居

  07年2月 要介護4の認定を受ける。施設入居も検討したが在宅介護を選択

     12月 男性が外出し、JR共和駅の線路で列車にはねられて死亡

  10年2月 JR東海が遺族に損害賠償を求めて提訴

  13年8月 名古屋地裁が長男と男性の妻に、約720万円の支払いを命じる判決

  14年4月 名古屋高裁が妻のみに約360万円の支払いを命じる判決

  16年2月 最高裁第三小法廷で弁論

●遺族の思い「認知症の実情を理解した判決を」

 「一、二審の判決は、認知症の人や家族にとって、あってはならない内容。最高裁には、認知症の人たちの実情や社会の流れを理解した、思いやりのある判決をお願いします」。長男(65)は弁論を前に、そうコメントを寄せた。

 JR東海から「監督義務者だ」と訴えられた長男は2年前に会社を退職。昨年2月に横浜市から愛知県大府市の実家近くに戻った。今は、父が営んでいた不動産業を継ぎ、母親(93)や妻(63)と生活している。

 事故当時、妻は介護のため、父の自宅近くに住み込んでいた。妻が片付けのために玄関先に出て、そばにいた母もまどろんだ一瞬の間に、父は自宅を出た。

 小銭も持たず、自宅近くのJR大府駅の改札を抜け、一駅先の共和駅まで列車に乗って移動。駅のプラットホーム端にある階段から線路に下りたとみられ、列車にはねられた。階段前には柵があったが、鍵のかかっていない扉から線路内に下りることができた。

 「どうして大府駅の駅員は、父を入場させたのか。なぜ共和駅の駅員は、一般の乗客と逆方向に向かう父を呼び止めてくれなかったのか」。家族は裁判で疑問を投げかけた。

 父は事故に遭った際、お気に入りだったニューヨーク・ヤンキースの帽子をかぶっていた。帽子にも衣服にも、妻が、連絡先を記した布を縫い付けていた。この名札をもとに、警察は家族に一報を入れた。

 事故の約10カ月前、認知症が重くなり「要介護4」の認定を受けた際に、家族は一度は特別養護老人ホームへの入所も考えた。だが、結局は在宅介護を選んだ。「父は住み慣れた家で生き生きと毎日を過ごしていました」。長男は振り返る。一瞬のすきなく監視しようとすれば、施錠・監禁や施設入居しか残されない。それでいいのか――。そんな思いが、事故からの8年を支えてきたという。(斉藤佑介、市川美亜子、河原田慎一)

●介護家族、訴訟を注視

 「認知症の人と家族の会」(本部・京都市)副代表理事の田部井康夫さん(68)は弁論を傍聴した後、「最高裁では、介護する家族が免責される判決を望みます。これまでの判決はあまりに酷です」と語った。同会は一、二審の判決後に出した見解で「認知症の人の実態をまったく理解していない」などとし、判決を「時代遅れ」と批判している。

 多くの介護家族がこの訴訟に自分を重ね、注目する。一人暮らしの認知症の義父を支えるために仕事を辞めた千葉県の女性(48)は「介護で苦労した家族だけが責任を負わされた。判決が最高裁で変わらなかったら、私も介護から逃げ出したい」と話す。

 家族の責任は、いま介護中の人だけにかかわるものではない。認知症の人は2012年に高齢者の7人に1人で、25年には5人に1人になる。徘徊(はいかい)中の事故のほか、車の事故や火の不始末などのトラブルの増加も避けられず、誰もが認知症と無縁でいられなくなる。そんな社会に最高裁の判断が与える影響は大きい。

 一方、徘徊がからむ事故などの損害にどう備え、どう賠償するのかも、この訴訟が投げかける問題だ。

 一般に、個人ができる対策として民間の「個人賠償責任保険」がある。火災保険や自動車保険などの特約として付ける場合が多い。日常生活でけがをさせたり、商品を壊したりして賠償を求められたとき保険金がでる。ただ一定の条件があり、すべての事故がカバーされるわけではない。

 介護関係者からは、個人の責任で賠償するのではなく、国が関わる公的な救済制度の創設を求める意見も出ている。(編集委員・清川卓史、友野賀世)

監督義務が争われた裁判の例

●認知症の夫が起こした火災

 大阪府で2013年、認知症の夫を家に残して妻が出かけた直後に出火、延焼した隣家が妻に損害賠償を求めた。一審は介護者の妻に43万円の賠償命令。二審で和解成立。

●小学生のマウンテンバイクが原因の交通事故

 神戸市で08年、坂道をマウンテンバイクに乗って下っていた小学生が、歩行中の女性と衝突。女性は寝たきりの状態になった。一審は母親に計9500万円の賠償を命令。二審で確定。

●小学生の蹴ったサッカーボールが原因の事故

 愛媛県今治市で04年、小学生の蹴ったサッカーボールが道路に飛び出し、バイクを運転中の80代男性が転倒。後に死亡した。一審は両親に1500万円、二審も1180万円の賠償を命じたが、最高裁は「予測できない場合、親は責任を負わない」と判断。

●小学生のキャッチボールが原因の死亡事故

 宮城県大河原町の公園で02年、小学生2人がキャッチボールをしていたボールが別の小学生の胸にあたり死亡。一審は2人の両親に計約6千万円の賠償を命令。二審で約3千万円の支払いで和解。

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