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 米国から明治維新の日本にやってきた初の独身女性宣教師、フェリスの創設者キダー。文化の違う日本で女性の地位向上を目指した彼女の「自立の精神」は生徒に脈々と受け継がれる。

 女性で初めて横浜市の部長職になった宮坂洋子(83、1951年卒)は終戦直後、焼け野原の横浜を満員電車に揺られて通学した。キダーの人生に感銘を受け、自立のためにやれることをやろうと考えた。「学校では自分の意見を言うのは良いことで、生意気だとは言われなかった」と笑う。全ての大学が女性に門戸を開放した直後、早大法学部に進学。市職員になったが、育児や介護で一時期、仕事をやめざるを得ないこともあった。定年後は国連ウィメン日本協会や途上国の女性教育支援NPOを設立し、女性が働きやすい社会を目指し奔走する。

 産経新聞元論説委員長、千野境子(71、63年卒)は文芸部に所属する無口で内気な生徒だった。『小公子』の名訳で知られ、キダーの教えを受けて女性の自立を訴えた若松賤子(1882年卒、故人)の生涯を文化祭で発表。「先人から、自分の考えを持ち付和雷同しないことを学んだ」と話す。入社当時は女性の深夜労働が禁止され、希望の外信部にはすんなり行けなかったが、特派員になってからは東南アジア報道でボーン上田賞を受賞するなど活躍。「独自の闘いが好きなのはフェリスが始まりかも」と笑う。

 ジェンダー史研究の先駆者、東…

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