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 妊婦への配慮を求める「マタニティーマーク」をテーマにした意見交換会を2月上旬、朝日新聞東京本社で開きました。妊婦を含め、周囲からの配慮を必要とする人たちが過ごしやすい公共空間をいかに作っていけばいいのか――。そんな課題解決に取り組む人たちと当事者、取材記者らが議論を深めました。厚生労働省がこのマークを発表して、3月で10年を迎えます。

「必要だから堂々と」

 妊婦の間で「反感を持たれそう」と、マタニティーマークをあしらったキーホルダーなどの使用を控える動きが広がっている――そんな記事を昨秋出したところ、多くの反響が寄せられました。

 「妊婦が萎縮せずにマタニティーマークを使えるようになってほしい」という願いの一方で、「妊婦以外にもつらい人はいる」という指摘や、流産した方や不妊治療中の方から「マタニティーマークを見るのがつらい」という声もありました。

 フォーラム面ではこれまで2回、これらの課題について、多様な意見、提案を載せてきました。

 この日の意見交換会には、意見を送って下さった方々のほか、福祉の専門職を招きました。

 意見交換会ではまず、昨年に2度の流産を経験した女性が思いを語りました。静岡県から来た弁護士で、妊娠中はマークを身につけていました。優先席に座るとき、周囲に事情を理解してもらう「お守り」としてです。

 2度目の流産のあとは、妊婦や小さい子ども連れの人を見るのがつらくて仕方なかった。だから、マークを見るのがつらいという気持ちも理解できる。でも「必要性があるのだから、堂々とつけてほしい」といいます。

 弁護士として、マタニティーハラスメントの相談も数多く受けています。上司から「人手が足りないから今は妊娠するな」と言われるような事例は少なくないそうです。

 「自己責任で妊娠したのだから周りに迷惑をかけるな、という圧力の問題と、電車の中で妊婦をどう扱うかの問題はつながっているところがある。職場の状況など社会的な要因によって、妊娠するという選択がしづらい社会であってはならない」

「行動から変化に期待」

 マタニティーマークをめぐる課題について、参加者それぞれの解決の取り組みや読者から寄せられた提案をもとに議論が展開されました。

 名古屋商科大大学院の社会人チームは、電車内で席を譲りたい人と近くにいる妊婦とを通信機器で結びつける「マタニティビーコン」について説明しました。発表前なので、まだ中身は公にできないそうです。

 チームの一人、佐原英行さんは「まずは妊婦に絞って考えています。一つの行動から優しさが広がり、変わっていくと期待しています」と話します。

 一方、武蔵野美術大の菊池彩水(あやな)さんは、妊婦も障害者も誰もが身につけて使える「PLEASE(プリーズ) TAG(タグ)」を作りました。右の耳が聞こえないため、洋服店で店員に右側から話されても聞こえないことがあるという菊池さん。TAGは伝えたいことを自由に書き込めるのが特徴です。

 「ビーコンは、助け、ヘルプがほしいときに有効かと。私の場合はヘルプというより周りの少しの気遣いがほしい。両方あっていい」

 また、誰もが利用しやすい交通システムの実現を目指して活動する平山世志衣(よしえ)さんは、お金を払って座席を指定することや、女性などに限った専用車両も有効だといいます。「システムとして動くものは、なるべくシステムで解決を」という考えがあるからです。日本の、特に首都圏の交通機関は世界的にも異常な混雑。「座席が必要な乗客には席に座る権利があるという風に、公共交通の事業者には考えてもらえるといい」

 これを受け、「人間って、オセロみたいに両面ある」と考える市川貴浩さんが発言。席を譲ってみたことで、「こんなに幸せな気持ちになるんだ」と意識が変わったそうです。

 「他者に貢献して、オセロの白い面が向く。そんな気持ちが波及していくような社会になればいい」

 「白い面」が向くきっかけとなる体験が大切。そのためには、出会いが必要です。

 「配慮が必要な人を専用車両に閉じ込めるというより、インクルージョン(包摂)というか、溶け込ませる方が、社会の持続的変化をもたらすのではないか」(高木由喜さん)

 社会福祉士の橋本真佐子さんは、配慮が必要な人を理解する前提となる知識の重要性に触れました。「妊娠後期になってもつわりがある人もいるとか社会に伝えていくべきことを、システムとは分けて議論することも必要かと思う」

「社会的弱者への視線、きつくなっている」

 電車やバスの中の雰囲気は、日本と海外とでは違うのでしょうか。

 鹿股(かのまた)幸男さんは、1歳の息子を連れた台湾旅行が印象的だったといいます。

 「ベビーカーに乗せていたが、みんなに譲ってもらえる文化があった。カナダにいたときも、ワルそうなお兄ちゃんがすっと譲るんですね。文化、習慣の違いを感じた」

 市川さんは最近、目の前にお年寄りがいるのに、若い男性が座ったままゲームをしている姿を見かけたといいます。「私はIT企業に勤めているので、『ITの技術が人を幸せにする方向にいっていないのか』と気になっている」

 橋本さんは、社会全体に余裕がなくなってきていると考えています。「妊婦に対してだけというより、生活保護受給者など社会的な弱者といわれる人々への視線がきつくなってきていると感じる」

 小林基道(もとみち)さんは、周りの人への無関心が気になっています。

 「みんな携帯を持って耳にイヤホンして音楽を聴いている。要は周りとかかわりたくない、めんどくさいんです。空気でいたい人が多いのだろう」

 優先席で何が起きているか気にして見ているという佐原英行さんは、「それほどひどくはない」といいます。

 「ほどほど混んでいる電車の場合、優先席が1人だけは座れる状態が維持される。空いていたら座るんだけど、最後の1席には座らない配慮がなされている。世の中の9割5分はうまくいっているんじゃないか」

 子どもが泣くと親の肩身が狭くなるように、車内では静かにしないといけない雰囲気もあります。「公共の場で知らない人同士が声を掛け合って、コミュニケーションできない状況を生んでいるのでは」(高木さん)

譲る文化が定着するには

 妊婦ら配慮を求める側がつけるマークだけではなく、「席を譲りますマーク」を作ってはという投稿が多く寄せられました。

 鹿股さんと小林さんは去年11月に「お席どうぞ」マークを作りました。名前もあります。「ゆずるくん」です! 名刺大の紙で出来ていて、胸ポケットに挟んだりカバンにつけたりしてアピールします。

 ふたりとも胸につけて座席に座っているそうですが、ちらちら見られるだけ。「声をかけられる前に席を譲ってしまう」と笑顔の鹿股さん。

 「日本人が席を譲らないのはシャイだからだと思う。背中を押すアイデアでもあります」と鹿股さん。普及を望みつつも、「最終的には譲る文化が定着して、マークがいらなくなるといいな」。

 法政大経営大学院の池田亮さん(31)も友だちと3人で、「助けますマーク」を考えています。若い人がおもしろがってつけられるマークにと、獏(ばく)のキャラクターで試作中。夢を食べるという獏が、困り事を食べるというイメージです。

 去年、新宿駅ホームで白い杖をつく男性が戸惑っているのをだれも助けないのを見て、決めました。手を貸そうという人はきっといるはず。一歩踏み出せるマークを作ろうと。

 池田さんが昨秋、首都圏の大学生50人に「席を譲るか」を聞くと、30%は「譲る」、16%は「座っていたい」、54%が「譲りたい気持ちはある。でも恥ずかしい、イヤな思いをしたことがある」と答えました。

 「困っている人に声をかけようと思う若者は多い。背中を押すお守りに」。ストラップにして、4月からボランティアサークルの大学生につけてもらおうと計画しています。

 「BABY in ME」のマタニティーマークを1999年に発表したライター村松純子さん(52)は、席を譲りますの目印にハンカチを使ってはと提案します。名付けて「思いやりのハンカチ」。電車に座ったら、かばんなどの上にハンカチを広げて見せます。「手持ちのハンカチで気軽に始められます。譲りたい人と困っている人をハンカチ1枚で結べたらうれしい」

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 「ゆずるくん」についての問い合わせは、ホームページ(http://yuzurukun.jp別ウインドウで開きます)からメールで。

 「PLEASE TAG」のホームページは(http://please-tag.com/別ウインドウで開きます)。

取材後記

 「妊婦だと気づいてもらおう」と生まれたマタニティーマーク。でも、つけたらつけたで「幸せをアピールしているようだ」と冷ややかな視線も。そんな「どうすればいいの?」という状況で、今回登場した「ゆずるくん」マークは逆転の発想が生きています。譲る側からアピールするんですから。製作した2人にはひそかな夢も。「ゆずるくんを、フィギュアスケートの羽生結弦(ゆづる)くんがつけてくれたらなあ」。深いテーマですが、遊び心も大事だなと思います。(河合真美江)

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 私がハッとしたのは、この問題がマタハラにつながっているという指摘です。実はいただいた投稿の中には妊婦への心ない言葉が少なくなかった。なぜ妊婦は嫌われるのか。妊婦のくせに主張するなと言われるのか。妊婦が、ひいては女性の生きづらさが解消されていくことが、遠回りなようで重要な解決策だと思っています。(十河朋子)

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 ◆ほかに井上充昌、前田智、村上研志が担当しました。