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和歌山・湯浅の金山寺味噌

 香ばしいような、甘いような、酸っぱいような……。工場に入ると、何とも言えない香りがむわっと立ちこめた。

 1881(明治14)年から金山寺(きんざんじ)味噌(みそ)を作ってきた丸新本家(和歌山県湯浅町)。工場長の湯川福雄さん(46)が大豆と麦、米で作られたこうじに、細かく刻まれたナスやウリを大きなスコップで混ぜ込んでいた。

 「みそ」であるが、金山寺味噌はご飯にのせたり、酒のつまみにしたりして食べる。野菜が少ない冬場にも、夏の野菜を食べられるよう、ナスやウリをこうじにつけ込んだ保存食だ。

 塩や砂糖を加えると、ねっとりとしたみその原型がみえてきた。「結構きついんです」。湯川さんの息が上がる。たるに詰め密閉された室(むろ)に移す。丸新本家では2カ月ほど発酵させる。

 金山寺味噌は、1254(建長6)年、宋から帰国した禅宗の僧、覚心が伝えたとされる。同県由良町の西方寺(現・興国寺)に開山として迎えられ、弟子らに教えた。その後、みそ作りは水が豊富で交通の便もよかった近くの湯浅町へと移った。

 今、湯浅町で金山寺味噌を作るのは7軒。店により、こうじの作り方から味付けまで様々。「みんな自分のとこのが一番おいしいと思ってますよ」と湯川さん。歴史に、それぞれのこだわりが混じり合う。

甘みを呼ぶ 一子相伝の塩加減

 年月を感じる焦げ茶色の板看板に「本家 玉井醬(たまいしょう)」の文字。江戸時代、紀州藩から唯一製造を許された「玉井醬本舗大坂屋三右衛門店」(和歌山県湯浅町)は1614(慶長19)年創業。のれんの奥から、酸味の強いしょうゆのような香りが漂う。

 「作り方は当時からほとんど変わっていないはず」と16代目の店主北村守さん(52)。夏の仕込みでは、煎った大豆の実と皮を分けるのに、明治以前に作られた木製の機械を使う。江戸期の仕込みには藩の御用ちょうちんが立ち、製法は隠された。今も、味を決める塩加減だけは「一子相伝」の口づたえだ。

 黒ずんだみそに大ぶりに切った野菜。「よその金山寺味噌を食べ慣れてると、みそくさいかもしれんけど」と北村さん。かみしめると、まるでしょうゆを食べているような風味で、奥のほうから甘みがやってくる。

     ◇

 金山寺味噌の新たな可能性を探る試みもある。

 丸新本家の新古敏朗(としお)…

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