【動画】AKB48の阿部マリアさんと田野優花さんから被災地の方々へメッセージ=瀬戸口翼撮影
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 東日本大震災から2カ月後の2011年5月から、AKB48グループは被災地の訪問を続けている。岩手・宮城・福島の3県を月1回のペースで訪れ、6日に盛岡市であった復興支援ライブは通算59回目の訪問となった。朝日新聞デジタルのインスタグラム企画「#震災わたしはいま」に写真とメッセージを投稿してくれたAKB48の阿部マリアさん(20)と田野優花さん(19)は、「AKB48だからできる被災地支援を続けたい」という。2人に話を聞いた。

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(阿部マリア)私は2012年10月に、初めて被災地訪問をしました。宮城県石巻市に行ったんですけど、海の近くだったので、津波で流されてしまって何もないんですね。何もない一カ所に、がれきが集められていて。それがすごい衝撃で、悲しい気持ちになってしまって。だから、被災地の人のために持ってきた歌を頑張ろうって思ったのを覚えています。

 被災地の人たちとは、ハイタッチ会をやっているんですけど、当時は空元気のような印象を受けていました。「AKBありがとー」「AKB来た!」のような感じではなくて、「ありがとうね。本当にね」みたいな。私たちに気を使っている感じがすごくしました。

(田野優花)私も2012年から被災地に行っていますが、一番衝撃を受けたのは昨年10月に宮城県山元町を訪れた時です。小学校(津波で校舎2階の天井付近まで水没した旧中浜小学校。児童や教職員ら90人は屋根裏倉庫に避難して全員が助かった。震災遺構としての保存を検討中)に行ったんですけど、被害の大きさがすごかった。鉄筋がむき出しで、天井はなく、壁はぼろぼろ。津波からみんなが避難した屋根裏の倉庫には、学習発表会や運動会の道具とかがたくさんあって、「ここに避難してたんだよ」って聞きました。

 小学校を訪れた時は震災から4年半が経っていましたが、それまで、施設を訪れることが多く、被害を目の当たりにする現場はありませんでした。ショックで何も言葉にならなかったです。当時の状況を説明してもらっているうちに、自然と涙がこぼれました。

(阿部)2013年9月から、4回続けて岩手県山田町に行かせてもらっています。山田町の観光物産館に、「やまだまち48」というジオラマがあるんですけど、未来の山田町の街並みにメンバーをイメージしたお店やステージがあるんです。例えば私はじゃがいもが好きだから、ポテト屋さんのお店を作ってもらいました。小学生から中学生までの子どもたちが、私たちに「どういう風にしたいですか」とか聞いてくれて作っているんですけど、訪問するたびにどんどんグレードアップしていて。AKBがきっかけというわけじゃないけど、希望を持って一つのことをやってくれるのが、うれしいなと思いますね。

 山田町へは東北新幹線の仙台駅からバスで3時間ぐらいかけて移動します。窓の外を見ていると、最初に来たころよりは、がれきも片付けられていて、街並みが整備されてきたように思います。被災地の人と交流する時も、以前は、嫌な記憶で忘れたいことかもしれないのに掘り起こしちゃうのはどうなのかなって思って、私から聞くことはしなかったんです。でも最近は、山田町の人とも近くなって、自然に向こうから「あの時こういうことがあったんだよ」と話してくれるようになって。心を開いてくれたじゃないですけど、近くに寄り添えるようになったかなと思いますね。

 それでももちろん、元々あった生活にはほど遠いと思います。被災地ではいつも、大人より子どもの方がエネルギーがあってすごいなって感じていて。その子どもたちに元の生活をさせてあげたいなって思います。

被災地の現状、発信することで新たなつながり

(田野)私は復興というものがあまり分からないんですけど、私が今、当たり前のように生活しているものがまだ無いんだろうなっていうのは被災地に行くと分かります。でも、被災された人と近くで感じてみると、その人たちのパワーはどんどん強くなっていると思います。言葉に表すのは難しいですけど。

 だから、それをちゃんと持って帰って、自分から違う人に発信していかなきゃいけないなっていう意識はありますね。現地の人も、たくさんの人にこの状況を知ってもらいたいだろうし。復興も大事だけど、「こういう現状が続いているんだよ」っていう事実を一人でも多くの人に知ってもらいたい。AKBとして被災地に行かせてもらえていると思うので、自分が色んな人に伝えなきゃなと思いながら活動しています。

 被災地活動の感想をSNSで書くと、「自分も復興のために何かしてあげたいけど、田野ちゃんみたいにできないのが心苦しい」というようなコメントがいっぱい寄せられるので、AKBがその分、現地に足を運び続けるっていうのは大事だなっていつも思います。

(阿部)私は初めて訪問した時に、何もできなかったんです。大島(優子)さんや秋元(才加)さんといった周りのメンバーがすごすぎたのもあるんですけど。それで次からは、何かできることを考えていこうと思って毎回行っているんですけど、実行できないことが多いですね。でも山田町は何度も行っているからこそ、自分が何もできていないのに、いつも感謝されたり「ありがとう」と言ってもらったりします。

 なので田野ちゃんと一緒で、そこに行って感じたものとか、気持ちを書いて伝えられたらなって思っています。私はジオラマの場所によく行かせてもらうので、「新しくなったよ」ってだけでもネットに載せたら、注目しているファンの人が「変わったんだ」「じゃあまた見に行こう」とか言ってくれて、観光物産館に足を運んでいるみたいです。そういう形で何かの役に立てたらなとは思いますね。

AKBの曲、被災地に一体感

(阿部)私たちが被災地に行く意味って、「AKBだから」だと思うんですよね。それこそ、AKBには歌があって、ファンの人や知っている人がいるから、行って意味があるというか。

(田野)曲の知名度ってやっぱりすごいと思う。「AKB48です」ってステージに登場した時は、ぽかんとする人もいるけど、曲が始まるとみんな笑顔になってくれる。そういうのを目の当たりにできるので、曲が与える影響力ってすごいんだなって思いますね。フォーチュン(恋するフォーチュンクッキー)は一体感が生まれるから、絶対披露しますね。

(阿部)うん。毎回一緒に踊ってます。あとは「会いたかった」とか「ヘビーローテーション」とか。やっぱり明るい曲の方が、みんな一つになって盛り上がれるし、喜んでもらえるなって感じます。

 人によって感じ方が違うと思うんですけど、私はこの5年間が割とあっという間でした。自分自身も東京で地震を経験したけど、被災地の現場を見て、本当に悲しい気持ちになることもあったし、ありがとうって言われてうれしかったりすることもあった。訪問していなかったら、感じられなかったし、考えられなかったこともたくさんあったと思うんで、本当にAKBの活動を受け入れてくれた被災地のみなさんに感謝したいし、これからも、何かできることがあったら積極的に関わっていきたいなって、AKBとしても一人の人としても思っています。

(田野)私もこの5年間は本当に早くて、ついこの間のように感じてしまいます。AKBの同期に岩田華怜ちゃんっていう仙台出身の子がいて、だから、ひとごとに思えなくて。私の親の実家も福島と岩手なんです。被害はそれほどなかったんですけど、つながりというものを感じてしまって。なので、被災地の支援活動は毎月行きたいと思っています。自分で言うのも変ですけど、AKBって子どもたちから見たらすごいキラキラしていると思うんですよね。そういう姿を自ら現場に行って見せて、子どもたちに少しでも希望を与えられたらいいなと思います。(聞き手・丹治翔)

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 あべ・まりあ AKB48チームK所属。1995年11月、神奈川県生まれ。2010年3月に第10期生オーディションに合格。被災地へは岩手県と宮城県に計7回訪問した。女性ファッション誌「Soup.」のモデルも務める。

 たの・ゆうか AKB48チームK所属。1997年3月、東京都生まれ。2011年2月に第12期研究生オーディションに合格。被災地へは岩手、宮城、福島の3県に計10回訪問した。今年1~2月はミュージカル「DNA-SHARAKU」に出演した。

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〈AKBと被災地支援〉 AKB48グループは東日本大震災直後から「誰かのために」プロジェクトを進めてきた。活動の一環として、2011年5月から毎月1回、被災3県でミニライブやハイタッチ会などを開いている。3月6日時点で卒業生を含む計135人が参加した。今年の3月11日には、グループの各劇場で「東日本大震災復興支援特別公演」を開催する。