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第6章:5

 青森地裁で裁判員を務めた青森市の牧師、澁谷友光さん(52)は毎日、何度となく祈らずにはいられなかった。被告の男性(裁判当時22)のために、そして、被害者の女性たちのために。

 2009年9月2日から始まった公判では、2人の若い女性が強姦(ごうかん)被害にあった事件の詳細が明らかにされた。内容は極めて悲惨だった。だが、聞きたくなくても見たくなくても、裁判員になった以上は証拠となる資料や証言には目を通し、耳を傾けなくてならない。「責任から逃げてはいけない」。そう自分に言い聞かせた。

 法廷での被告の様子から、彼が自分が犯した罪の重さを理解しているのかはわからなかった。本当に反省し、悔い改めなければ更生はない。「更生の手がかりになる裁判になるよう、そのために私を使ってください」。法廷を終えて家に戻った後、そしてまた、翌朝、法廷に向かう前、澁谷さんは祈った。

 2日目の9月3日。被告の親代わりだった祖母が、情状証人として出廷した。

 被告は、出生前後に父母が離婚、引き取られた母も小学1年のときに病死。その後、祖母が被告を引き取り、被告が逮捕されるまで一緒に暮らしていた。

 祖母は傍聴席から、法廷中央の証言台の前に出てきた。被告も祖母を見つめる中、祖母は「(被告は)弱虫で泣き虫でした」。さらに「事件を起こしたことも先生に怒られたこともない子。事件のことは何度聞いても信じられなかった」などとか細い声で話した。

 弁護人に「両親がいないことを被告が寂しいと言ったことはあるか」と問われると、「『どうして僕にはお父さん、お母さんがいないの。寂しい』と言ったことがある」。被害者への気持ちを聞かれて「申し訳ないと思う。償いをして帰ってくるときはきれいな心で、子どものときの心で帰ってきてほしい。私が生きていれば、喜んで支えてやりたい」と述べた。

 証言台の前に立つ祖母の姿を見るのはつらかった。

 澁谷さんは被告の内面を知りたくて、質問した。「被告は小学1年のときに母親が突然亡くなり、それでも気丈に振る舞っていたということだが、泣いていた様子はありますか」

 祖母の答えは、「あまりない。親がいないとわかっていたと思う。本人は『母親のことを思い出せない』と言っていた」。さらに、幼いころ泣き虫だったという被告はどんなときに泣いていたのかも尋ねた。祖母は、自分が夜、家にいないと泣いていた、と答えた。

 祖母は、被告が本来はこんな犯罪を起こすような子ではないと信じているようだった。澁谷さんにはわかる気がした。被告は祖母の前ではいい子だったのだろう。それも、ひとつの彼の姿だ。祖母の気持ちを考えると胸が痛んだ。

 昼前、被告人質問が始まった。被告は両親がいなかった少年時代を振り返り、「小学6年のときに先生に無理やり土下座をさせられ、大人は何も理解してくれないと思った」など語って、突然泣き出した。

 「幼いころから感情を殺す中、…

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