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第6章:8

 青森地裁で2009年9月2日から開かれていた全国で3例目の裁判員裁判。裁判員を務めた青森市の牧師、澁谷友光さん(52)は判決の言い渡しを終えた4日夕、評議室に戻って、一仕事を終えたような安堵(あんど)感に包まれていた。

 裁判所の職員から、記者会見が用意されていることが告げられた。澁谷さんをはじめ、裁判員全員が首を横に振った。

 まもなく所長室で、裁判員を務めたことに対する感謝状と裁判員バッジを手渡された。「ご苦労さまでした。無事に終えることができました」と所長。さらに「ところで、会見を断ったということですが、どうしてもダメでしょうか」。

 裁判員同士で顔を見合わせた。「全員じゃなくてもいいですから」。そう促す所長に、澁谷さんを含めた4人が応じる旨を伝えた。

 午後4時半。裁判所内に設けられた会見場に足を運んだ。

 参加したのは、「6番」の澁谷さんのほかは、「1番」の男性(当時29)、「2番」の男性(当時44)、「5番」の60代の主婦だった。4人とも顔も名前も出さないという条件で、会見に臨んだ。

 目の前に数多くのマイクが並び、大勢の記者たちが待機していた。カメラも数え切れないほど並んでいた。ひどく緊張した。

 記者から、裁判を終えた感想や性犯罪を裁いた感想などを尋ねる質問が次々に飛んだ。だれかがひとこと発するたびに、カメラのシャッター音がバシャバシャと鳴り響いた。その音を聞くだけで緊張が増した。

 澁谷さんは被害者のプライバシーへの配慮について聞かれ、「びっくりしたのは守秘義務のない傍聴人に対して犯行内容が読み上げられたこと。大丈夫なのかと思った。今回はビデオモニターを使って被害者の話を聞けたが、音声も変えた方がよかったのかなと思った」などと話した。

 守秘義務についての質問もあった。「負担がないと言えばウソになるが、3日間向き合ったことを通して守っていかなくてはと感じる」と答えた。2番の男性は「一番つらいと思うのが守秘義務。ふだんの生活では酒も飲むので、どうしようかな、あまり強く飲めないかなと考えている。忘れてはいけないんだろうけれど、なるべく早く忘れていこうかなと思っている」などと話した。

 記者会見は約30分のやりとりで終了。どっと疲れがでた。

 「やっと帰れる!」。澁谷さんは心の中で喜んだ。

 ところが、記者たちから、もうひとつ別の記者会見がある、と言われた。

 「とんでもない」。ほかの3人はそそくさと帰っていった。

 「6番さん、お願いできませんか?」

 その言葉に、澁谷さんは考えた。注目度の高さ、記者の多さに、ひょっとするとこれはものすごく大きなことなのかもしれない、と。体験したことを伝えるのも責任のあることだと感じた。自分以外の人はみな帰ってしまった。だれもいなくなったら困るのだろうな。次の記者会見にも出ることにした。

 裁判所から近くのビルへ、記者たちと一緒に歩いて移動した。

 とっさに、こんな考えが浮かんできた。

 「大事なことを話すのに、顔も名前も出さないのは無責任ではないか。どうせひとりになっちゃったのだから、顔を出してもいいかな。名前もいいか」

 つい1時間前までは全く考えて…

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