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「あーっ うーっ」(若年認知症の父が興奮して発した意味不明の言葉)

 電機メーカーに勤めていた父は50代で認知症を発症した。私が大学生のときだった。めちゃめちゃまじめで、もともとおしゃべりな人ではなかったが、意欲を失ってじっと家に閉じこもっていた。置物のようだった。

 最初はアルツハイマーという病気と父が結びつかなかった。認知症という病気の知識はあるが、心で納得できていなかった。休んで元気になれば元の父に戻ると思っていた。

 父は、自分に自信がなくなっていたのか、足音もたてず気配も消していた。いま父の気持ちを思うと切なくなるが、当時の私はそれも気持ち悪かった。「外に行ってみたら?」と声をかけても生返事ばかり。

 私のイライラは頂点に達し、「なに言ってんだよ」「さっきも言ったじゃん」などと声を荒らげてしまったこともある。

 数年して徘徊(はいかい)が始まった。少し外を歩いて帰宅する散歩を繰り返した。ある日、父は玄関がわからなくなり、勝手口から家に入ろうとしていた。でもカギがかかっていて、10分ぐらいドアノブをガチャガチャやっていた。たまたま自宅にいた私が父の襟元を引っ張って玄関から部屋に入れた。父は興奮して何か発声していたが、意味不明の言葉しか口からは出てこなかった。そのとき「この人は心の病気なんだ、家族が守らなければいけないんだ」と思った。

 認知症という病気が腑(ふ)に落ちたというか、心で納得できた。そこから父に対する感情が180度変わった。

◆ヤングケアラーとして父を介護した東京都の伊藤耕介さん。現在は若年認知症の親がいる子ども世代の集まり「まりねっこ」で活動中。問い合わせはメール(nerima_marine@yahoo.co.jp)で。

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 朝日新聞文化くらし報道部「介護 あのとき、あの言葉」係

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