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診断に「ノックみたいや」

 愛知県扶桑町に住む病院職員広田圭(ひろたけい)さん(33)は2003年春、当時通っていた福岡県内の大学で健康診断を受けた。約2週間後、大学から電話で呼び出された。

 「すぐに大きな病院にかかってください」。手渡されたX線写真入りの封筒には、赤字で「至急、受診を」と書いてあった。

 当時は大学2年生で20歳。初めての一人暮らしや居酒屋でのアルバイトにも慣れたころだった。暇があれば友達の家に集まってテレビゲームをしたり、しゃべったり、夜通し騒ぐこともあった。体調の異変は感じていなかった。

 三重県の実家に帰って、検査をすることになった。実家近くの総合病院で複数の診療科を回り、CTやX線、胃カメラなどの詳しい検査を受けた。最終的に行き着いた泌尿器科で、母親と一緒に診断を聞いた。「君が大人だから言うんやで」と、医師は切り出した。

 「病名は精巣腫瘍(しゅよう)。精巣のがんや。おなかと肺に転移がある」

 片側の精巣の摘出手術の後、抗がん剤治療をすること。脱毛や吐き気などの副作用があること。治療の影響で子どもをつくるのは難しいかもしれないこと……。

 矢継ぎ早の説明だった。ぼうぜんと医師の言葉を聞きながら、なぜか小学生時代の少年野球の情景を思い出した。厳しいコーチから、練習の最後に1人ずつ、ノックを受けた。いつも「早く終われ」と念じながら、その時間をひたすら耐えていた。

 次から次へと投げかけられる言葉に、「あの時のノックみたいや」と思った。20歳の自分に、「がん」という病気が降りかかるとは、想像すらできなかった。

 がんは進行した「3期」の段階で、すぐに入院が決まった。治療のため、大学は休学した。友達には「何かわからんけど、入院せなあかんみたい」とだけ伝え、病名は伏せた。「かわいそう」と思われたくなかったからだ。

 手術後の抗がん剤治療の影響も考え、医師のすすめで、精子の凍結保存をした。手術を前に、「この先どうなってしまうのか」との思いが拭えなかった。「今は、なるべく考えないようにしよう」。そう自分に言い聞かせるしかなかった。

 

復学し、芽生えた志

 愛知県扶桑町に住む病院職員広田圭さん(33)は大学生だった20歳のとき、精巣がんと診断された。がんは腹部のリンパ節と肺にも転移しており、2003年5月、実家がある三重県の総合病院で右精巣の摘出手術を受けた。

 5月末から抗がん剤治療が始まり、吐き気などの副作用に悩まされた。髪が抜け、やせた自分の姿を見るのが苦痛だった。治療のゴールが見えない状況が続く。病室で天井を見つめて思った。「俺いったい何してんのやろ……」

 授業やアルバイト、飲み会。当…

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