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 旧ソ連・ウクライナで起きたチェルノブイリ原発事故から4月26日で30年。1980年代から現地取材や救援活動を続けるフォトジャーナリストの広河隆一さん(72)の目には、福島原発事故後の日本の現状がチェルノブイリで目撃してきたことと重なる。それは放射線の「権威」らによる「危険な安全キャンペーン」だという。なぜ、それが繰り返されるのか――。

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原発事故みつめるフォトジャーナリスト・広河隆一さん

 今年1月にチェルノブイリ原発近くのプリピャチ市を訪れると、昔からの救援仲間がどんどん亡くなっていました。まちの平均年齢が事故当時27歳ぐらいだったから、今、50代後半にあたる。その年代の人たちがどんどん亡くなっているんですね。一緒に救援活動をしてきた友人たちも亡くなっている。事故の影響はせいぜい5年、10年だろうと思っていましたから、30年たっても放射能の被曝(ひばく)の影響がこんなに続くというのは予想外でした。

 福島はチェルノブイリの放射能の10分の1だから大丈夫とか言われていますけど、放射能は「まだら」に落ちますから、チェルノブイリと同じくらいのレベルのところもある。平均して病気が現れるわけでもない。風の流れとか、放射能を浴びた人の体力とか、個人差がものすごくあります。同じようにチェルノブイリで放射能を浴びた7人の事故処理作業者グループのうち2人だけが生き残っているという事例もあるんですね。なぜその2人だけが生き残っているのかは分からない。だったら、悪い方を基準にして対策をたてるのが鉄則です。

 そういう考え方をすると「復興が遅れる」とか言いますけど、危ないものは危ない。安全なものは安全と認める。その間に「グレーゾーン」がある。このグレーゾーンに危険だという証拠が見つからないから安全だと断定してしまうのは危険です。HIV血液製剤の問題で、製薬会社や当時の厚生省は危険が見つかっていないものは安全だという立場だったんですね。その間に大勢の人が感染したり死んでしまったりしました。患者側からすれば、グレーゾーンというのは安全が確認されていない危険なものだった。放射能の問題でも同じような考え方でいかないと、まずいんじゃないかと思います。

 年間20ミリシーベルトまでは大丈夫だとか、それをさらに50ミリにしようとかいう話は、ある程度の年齢の人間とか関連事業に携わる者にとってはいいかもしれないけど、妊婦や子どもがそこにいていいのかという問題とは全く別の話です。60歳、70歳の男の人とは危険度が全然違うわけですよね。子どもがそこに戻れなかったら親も戻りにくいから、子どもにとっても一緒に戻って安全ということにするというのは大間違い。

 原発被害を受けたベラルーシで非常事態省の大臣も務めたケニックさんが福島について不思議がっています。「自分たちはチェルノブイリ事故の時、旧ソ連の崩壊と重なって、ものすごい貧乏で大変だったけど、人間を危ないところから避難させた」と。年間5ミリシーベルト以上の所は立ち入り禁止にする方針を立てたのです。1から5ミリの間に住む人は逃げる権利を持つから、政府はその人々が避難したら新生活を助けなきゃいけないということになった。ところが、福島では20ミリまでOKっていう方針になった、学校もそうだっていう話をしたら、ケニックさんはびっくりしていました。「日本みたいなお金がある国がどうして、子どもをまず助けるっていう方針をとらないのか」と。

 一方、チェルノブイリと福島で共通しているのは、原発事故が起きたあとに「大丈夫、安全だ」というキャンペーンを張る人たちがいたことです。実は、チェルノブイリで安全宣伝をやっていたのと同じ系列の人たちが福島でもやっている。当時も今も「放射能が怖いと思うから病気になる。放射能恐怖症だ」とかいうのは、ICRP(国際放射線防護委員会)とかIAEA(国際原子力機関)とかの関係者なんですよ。

 同時に、フランス発祥で、原発…

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