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 朝日新聞で連載が始まった「吾輩は猫である」は夏目漱石の最初の長編小説だ。作家の半藤一利さんにその魅力と、今読む意味を聞いた。

 漱石は若いころ読んだきりでしたが、50歳を過ぎたころ、昭和史研究の流れで加藤友三郎(海軍大将、元首相)を主人公に日露戦争を書こうとした。そのわき役に漱石を配そうと、改めて「吾輩は猫である」から読み出したら、これが実に面白い。

 「猫」はまさに旅順が陥落した1905年1月に「ホトトギス」に掲載され始めており、日露戦争についていろいろ触れている。明治大正を調べるには漱石作品だ、と「草枕」「坊っちゃん」も改めて読んでメモが山ほどたまった。これが漱石関係の最初の本の『漱石先生ぞな、もし』(92年)になり、どんどん漱石にのめり込んでしまった。だから、文学作品というより、明治という時代を知るために読んだ、というのが本当のところです。

 漱石は修善寺大患までは作品に時事を取り入れている。「三四郎」で馬券がでてくるが、あれは日露戦争で日本の軍馬が劣るのを学んだ軍部が、軍馬改良のために競馬を奨励した事実に基づいている。「それから」も姦通(かんつう)罪の規定が改正されたのを踏まえている。「猫」は朝日新聞に入る前の作品ですが、社会や世相を反映している。その意味で、漱石は新聞記者になる人だったんです。

 日露戦争の頃から、さかんに大和魂が言われますが、「猫」ではそういった精神論の風潮を冷ややかに書いています(第6章)。戦争後、日本人はうぬぼれ、のぼせて、いい調子になり、それが昭和の戦争につながった。漱石はそれをじーっと見ていた。明治の日本の変化を知るのにもってこいの作品、「戦後文学」です。

 むろん、小説としても実に魅力的です。ユーモアにあふれ、機知に富む。苦沙弥先生を通じて自己批評がある。学識をひけらかすようだが臭みがない。金色夜叉調の美文に慣れていた当時の人にとって「猫」は全く新しい文体で、奇想天外だったでしょう。本人も自由な気持ちで書いているから、こちらも読んでいていい気分になる。

 「坊っちゃん」も「草枕」もそれぞれ文体が違う。アマチュアの特権で、新しい文学をつくろうと大実験をしたのでしょう。

 でも、「猫」は途中から明らかにトーンが変わります。はじめは猫の目から人間社会を見ていたが、視点が人間に移る。猫の目では社会批評はできても、文明批評は無理だからでしょうね。

 後半、とくに最終章の11章は、意識して文明批評の大議論を展開した。どんどん出世主義、拝金主義、享楽主義に向かう日本の国は、これからどっちへ行くのか、彼なりの憂国の情であり、自らを省みないで、いい調子になっていく世の中に、警鐘をならしたといえる。

 「猫」は、日露戦争後の悪くなっていく日本、国家がリアリズムを失っていく様子がよく書けている。現代の日本社会もそうなってはいないか。100年後の今、「猫」を読む意味はここにあるのではないでしょうか。(聞き手・牧村健一郎)

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 1930年生まれ。著書に『日本のいちばん長い日』『漱石俳句探偵帖』など。妻の末利子さんは漱石の孫。