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第5回

 法隆寺の小僧、高田良信少年は、僧侶としての修行と少年としての暮らしの間を行ったり来たりしていた。その中で、次第に斑鳩の土地に慣れ親しんでいく。後々、研究者として重要な関わりを持つ古墳との出会いもあった。

     ◇ 

 私は1953(昭和28)年8月22日に法隆寺の小僧になり、地元の斑鳩中学に通うようになりました。朝の掃除をしてから通学するのですが、いつも時間ぎりぎりでしたね。法隆寺の西側にある西里という集落を抜けて学校へ行きます。

 西里を抜けると南へ下る道を進みます。右手に藤ノ木古墳、当時は陵山(みささきやま)と言っていましたが、それを見ながら行くんです。「ここを掘ったら何が出るやろうな」と思いました。

 というのも、昭和29年に斑鳩大塚山古墳という、現在の斑鳩町役場の南にある古墳の発掘があったんです。戦没者慰霊碑を造るためでした。矢じりとか鏡とかが出土して話題になりました。それを見ていたので、「陵山もなんか出るやろうな」と興味がわいたわけです。

 《藤ノ木古墳は法隆寺の西300メートルにある円墳(6世紀後半)。1985~88年の調査で、金銅製の豪華な馬具や、2人の男性を合葬した未盗掘の石棺などが見つかる。しかし、この当時はまだ田畑の中にある、小高い丘でしかなかった。》

 さて、学校からお寺に帰る時は…

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