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 東京電力福島第一原発事故から5年が過ぎ、また春がめぐってきた。九州への避難者はこの間、故郷に帰還した人もいれば、避難を続ける人もいる。だが、それぞれの心には今も被災による苦悩が影を落とす。

福岡に来たが…

 家族がばらばらになるときが迫っていた。3月26日、福岡市郊外の団地。福島県いわき市から避難している渡辺春枝さん(53)の瞳が潤む。長女(23)が看護師になり、就職で東京へ。間もなく到着する宅配業者に荷物を渡せば、引っ越し作業が終わる。

 単身赴任先の大分県から駆けつけた夫(55)が、つぶやいた。「福岡へ帰ってきても、娘がいないと寂しいだろうな」

 原発事故後の2011年3月下旬、長男(21)を含む一家4人は春枝さんの姉を頼って福岡に来た。その年の5月、夫は福島県楢葉町の事業所から大分県の事業所に配転。長男は13年春に福岡の高校を卒業し、就職で静岡県へ移った。家族は少しずつ離ればなれになった。

 原発事故前の夫の仕事には転勤がなく、工業高校生だった長男が目指す就職先は東京電力か東北電力。事故がなければ家族一緒の生活が望めたはずだった。

 あれから5年。春枝さんは一人暮らしよりは大分の方がよいとも考えた。だが、避難直後、姉以外に知人がおらず、家に閉じこもっていた時期が頭をよぎる。「またゼロからのスタートか」と思うと、どうしても踏み出せない。

 いわき市の自宅は国の避難指示区域ではなく、一家は自主避難を続ける。福島県は自主避難者に対する住宅の無償提供を来年3月末まで続ける方針だ。「それまでは福岡にいてもいい」と、夫は言ってくれる。しばらくは福岡で暮らし、行く末を考えるつもりだ。

■福島に…

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