[PR]

 「シャープのおかげで大人になれた」。大阪市阿倍野区の山本真志(しんじ)さん(67)は、全盲の父を重用したシャープ創業者の故・早川徳次氏に恩義を感じている。経営難のニュースを「時代の流れ。寂しい話だ」と見守ってきた。

 2005年に逝った父・卯吉(うきち)さんは陸軍軍人だった1941年、中国で手投げ弾が爆発して両目を失明。故郷の大阪に戻った際、視覚障害者の支援団体創設者の故・岩橋武夫氏を通じて早川氏に出会った。障害者が自助自立できる環境づくりが福祉につながる。そんな理念を抱いていたという早川氏が、卯吉さんをシャープの前身の早川電機工業に入社させた。

 卯吉さんは他の傷痍(しょうい)軍人とともに分工場のプレス工として働き、分工場が50年に別会社として独立すると、代表に就いた。生前、「早川さんには返せないほどの恩を受けた」と繰り返し語っていたという。

 「父が職を得たおかげで兄弟4人が成長でき、私は大学まで出ることができた」。真志さんが通った保育所「育徳園」の創設者も早川氏で、家の家電はほぼすべてシャープ製だ。

 卯吉さんの会社は「シャープ特選工業」に名を変えたが、今も従業員約100人の半分以上が障害者だ。真志さんは「これから大きく変化せざるを得ないだろうが、創業者の精神は引き継いでほしい」と話す。