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 万感の思いで、君原さんが50年ぶりのゴール地点に帰ってきた。妻の和子さん(73)ら30人の応援団が待っていた。「ずっと思い続けた最大の目標を果たせた。50年前と変わらない満足感がある」。終盤は歩くようなペースになったが、目標の5時間を切った。

 1966年にボストンを制し、2年後のメキシコ五輪銀メダルにつなげた。20年前の100回大会も招待されたが、足を痛めて走れなかった。それ以来、このために走り続けてきた。

 若き日の記憶をたどりながらのレースだった。終盤の坂は「こんなにきつかったかな」。当時はトップランナーだけの大会で、今は市民も参加する。「まるでお祭り。先頭争いをしているような応援をもらった」

 出発前、北九州市内の自宅でレース用のTシャツに日の丸を縫い付けた。現役時代の日本代表のユニホームからカミソリで切り取ったものだ。九州各地の大会に招待されることが多く、最近は「ボストンで頑張ってください」と声を掛けられてきた。その九州では熊本地震が収まっていない状況だ。「私もあちこちの大会で励まされてきた。何かの励みになれば」と生涯74回目の完走を誓っていた。

 ここ数年はけがが多く、体力の限界も感じている。今後のことは考えられない。「走ることは続けます。フルマラソンは挑戦したい気持ちになれば。大きな区切りになったことは間違いないです」(伊藤雅哉