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堀場和子さん(1942年生まれ)

 堀場和子(ほりばかずこ)さん(73)は今年2月、40年以上暮らした東京を離れ、生まれ育った長崎市に戻ってきた。

 2歳11カ月で被爆し、当時の記憶はほとんどない。東京で長く被爆者運動に関わってきたが、「自分には話せる被爆体験はない」と思ってきた。昨年、周囲に説得されて、2歳下の妹が19歳の時に被爆が原因と思われる病気で急死した経験を初めて話した。しかし、今も被爆者として証言することにはためらいがあるという。その理由を聞きたかった。

 実家は長崎市鍛冶屋町で呉服屋を営んでいた。周りには酒屋や布団屋、仏具店などが立ち並び、子どもも多く、遊び場は大音寺などがある寺町だった。年1回は東京から里帰りしていたが、暮らし始めると、街が一変していると感じる。なじみだった店はほとんど残っていない。長崎で再び暮らすとは思っていなかったが、静岡県出身の夫が退職を機に、「住むなら、食べ物がおいしいから長崎がいい」と言いだした。

 鍛冶屋町の呉服屋に生まれた堀場さんの自宅は、店のすぐ近くの同市今籠町(現・鍛冶屋町)にあった。1945年8月9日は、きょうだい3人と母親、親戚と一緒に自宅にいた。父親は警防団の見回りか、仕事でいなかった。3歳になる直前だった堀場さんが覚えているのは、家のガラス戸がバラバラと割れたことだけだ。「それだけは強烈に印象に残ったんでしょう」と振り返る。爆心地からは3・6キロ。「離れていてもあれだけの衝撃があったということは、原爆がものすごい威力ということですよね」

 家族にけがはなかった。すぐに近くの崇福寺の防空壕(ごう)に逃げた。堀場さんは当時8歳だった姉に背負われた。姉は今も「重かった」とこぼす。原爆の時の話をすると家族に必ず言われるのが、「和子は逃げる時に『おひつを持って行く』と言い張った」。「お昼ごはんの前だったから、おなかが減っていたんでしょう」と苦笑する。家族から聞いたそんな話が、堀場さんの原爆の記憶だ。

 原爆投下時に自宅にいなかった父親は、警防団の一員として、現在の長崎市立図書館の場所にあった新興善国民学校で犠牲者の遺体を火葬したという。遺体を焼いた臭いが体から消えず、配給された酒で体を洗ったと話していた。被爆直後には髪が抜けたり、やせたりしたというが、堀場さんの記憶にある父親はすでに回復し、剣道に励む元気な人だ。

 入学した磨屋小(統廃合し、現・諏訪小)は児童数が多く、教室が足りないため、2部授業だった。屋上にまで小屋が建ち、教室として使われていた。築町のあたりはバラックが立ち並んでいたが、原爆が子どもたちの間で話題になることはなかったし、学校で原爆のことを教えられた覚えもない。家族や知り合いが原爆で苦しんだり、原爆投下の跡を見たりした記憶もなく、堀場さんにとって原爆はどこか遠い話だった。

 堀場さんが磨屋小の高学年のころには、8月9日に追悼のサイレンが鳴るようになっていた。友だちと「そろそろ鳴るね」と待っていた記憶があるが、爆心地から約3・6キロの長崎市中心部で被爆し、家族も無事だった堀場さんにとって、原爆は身近なものではなかった。

 その頃、学校の行事で爆心地近くの如己堂(にょこどう)を訪れたことがある。妻を原爆で失いながら被爆者救護にあたり、「長崎の鐘」「この子を残して」などを執筆した医師、永井隆(ながいたかし)博士(1908~51)の自宅だ。白血病で闘病していた永井博士が2畳ほどの狭い部屋に横たわっているのを見た。原爆で破壊された浦上天主堂も、その時に初めて見た。「原爆でこんな風になってしまったのかと驚いたけれど、その時には原爆の大変さはわからなかった」

 爆心地に近い場所にある活水中に入学する頃には復興も進み、通学途中の景色に原爆の被害を感じることはなかった。

 原爆投下から19年後、「自分が被爆した意識は全くなかった」と話す堀場さんの生活に突然、原爆が暗い影を落とした。

 64年3月、被爆時に生後8カ月だった妹の美知子(みちこ)さん(当時19)が自宅で倒れた。「ばかだから風邪もひかない」と笑うほどそれまでは元気だった。ふらっと倒れた様子は貧血のように見えたが、日本舞踊の発表会が近く、「踊れなくなると困るから」と美知子さんは長崎大付属病院を受診した。

 病院に付き添った母が泣きながら電話をかけてきた。病名は縦隔胴(じゅうかくどう)腫瘍(しゅよう)。「心臓に近い場所に腫瘍ができ、手術もできない」と、余命3カ月を宣告された。医師は「原爆が原因」とも言った。

 美知子さんはそのまま入院した。本人は病状を知らず、退院後のことばかりを楽しそうに話していた。しかし、次第にやせて、最期は酸素マスクを交換するのもつらい様子だった。亡くなったのは宣告通り3カ月後の6月だった。

 短大生だった19歳の美知子さ…

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