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 「ところがあなた大違いで……」「何か内々でやりますかね。油断のならない世の中だからね」と飄然(ひょうぜん)とふわふわした返事をする。「ほかの道楽はないですが、むやみに読みもしない本ばかり買いましてね。それも善い加減に見計らって買ってくれると善いんですけれど、勝手に丸善(まるぜん)へ行っちゃ何冊でも取(とっ)て来て、月末になると知らん顔をしているんですもの、去年の暮なんか、月々のが溜(たま)って大変困りました」「なあに書物なんか取って来るだけ取って来て構わんですよ。払いをとりに来たら今にやる今にやるといっていりゃ帰ってしまいまさあ」「それでも、そう何時までも引張る訳にも参りませんから」と妻君は撫然(ぶぜん)としている。「それじゃ、訳を話して書籍費(しょじゃくひ)を削減させるさ」「どうして、そんな言(こと)をいったって、なかなか聞くものですか、この間などは貴様は学者の妻(さい)にも似合わん、毫(ごう)も書籍の価値を解しておらん、昔し羅馬(ローマ)にこういう話しがある。後学のため聞いて置けというんです」「そりゃ面白い、どんな話しですか」迷亭は乗気になる。細君に同情を表しているというよりむしろ好奇心に駆られている。「何んでも昔し羅馬に樽金(たるきん)とかいう王様があって……」「樽金? 樽金はちと妙ですぜ」「私は唐人の名なんか六(む)ずかしくて覚えられませんわ。何でも七代目なんだそうです」「なるほど七代目樽金は妙ですな。ふんその七代目樽金がどうかしましたかい」「あら、あなたまで冷かしては立つ瀬がありませんわ。知っていらっしゃるなら教えて下さればいいじゃありませんか、人の悪い」と、細君は迷亭へ食って掛る。「何冷かすなんて、そんな人の悪い事をする僕じゃない。ただ七代目樽金は振(ふる)ってると思ってね……ええお待ちなさいよ羅馬の七代目の王様ですね、こうっと慥(たし)かには覚えていないがタークウィン・ゼ・プラウドの事でしょう。まあ誰でもいい、その王様がどうしました」「その王様の所へ一人の女が本を九冊持って来て買ってくれないかといったんだそうです」「なるほど」「王様がいくらなら売るといって聞いたら大変な高い事をいうんですって、余り高いもんだから少し負けないかというとその女がいきなり九冊の内の三冊を火にくべて焚(や)いてしまったそうです」「惜しい事をしましたな」「その本の内には予言か何か外(ほか)で見られない事が書いてあるんですって」「へえー」「王様は九冊が六冊になったから少しは価(ね)も減ったろうと思って六冊でいくらだと聞くと、やはり元の通り一文も引かないそうです、それは乱暴だというと、その女はまた三冊をとって火にくべたそうです。王様はまだ未練があったと見えて、余った三冊をいくらで売ると聞くと、やはり九冊分のねだんを呉れというそうです。九冊が六冊になり、六冊が三冊になっても代価は、元の通り一厘も引かない、それを引かせようとすると、残ってる三冊も火にくべるかも知れないので、王様はとうとう高い御金を出して焚(や)け余りの三冊を買ったんですって……どうだこの話しで少しは書物のありがた味が分ったろう、どうだと力味(りき)むのですけれど、私にゃ何がありがたいんだか、まあ分りませんね」と細君は一家の見識を立てて迷亭の返答を促がす。さすがの迷亭も少々窮したと見えて、袂(たもと)からハンケチを出して吾輩をじゃらしていたが「しかし奥さん」と急に何か考え付いたように大きな声を出す。「あんなに本を買ってやたらに詰め込むものだから人から少しは学者だとか何とかいわれるんですよ。この間ある文学雑誌を見たら苦沙弥(くしゃみ)君の評が出ていましたよ」「ほんとに?」と細君は向き直る。主人の評判が気にかかるのは、やはり夫婦と見える。「何とかいてあったんです」「なあに二、三行ばかりですがね。苦沙弥君の文は行雲流水の如しとありましたよ」細君は少しにこにこして「それぎりですか」

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 【こうっと】考え迷ったときに…

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