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 「それから英国へ移って論じますと、『ベオウルフ』の中に絞首架即ちガルガと申す字が見えますから絞罪の刑はこの時代から行われたものに違ないと思われます。ブラクストーンの説によるともし絞罪に処せられる罪人が、万一縄の具合で死に切れぬ時は再度(ふたたび)同様の刑罰を受くべきものだとしてありますが、妙な事には『ピヤース・プローマン』の中には仮令(たとい)兇漢(きょうかん)でも二度絞める法はないという句があるのです。まあどっちが本当か知りませんが、悪くすると一度で死ねない事が往々実例にあるので。千七百八十六年に有名なフィツ・ゼラルドという悪漢を絞めた事がありました。ところが妙なはずみで一度目には台から飛び降りるときに縄が切れてしまったのです。またやり直すと今度は縄が長過ぎて足が地面へ着いたのでやはり死ねなかったのです。とうとう三返目に見物人が手伝って往生さしたという話しです」「やれやれ」と迷亭はこんな所へくると急に元気が出る。「本当に死に損(ぞこな)いだな」と主人まで浮かれ出す。「まだ面白い事があります首を縊ると脊(せい)が一寸ばかり延びるそうです。これは慥かに医者が計って見たのだから間違はありません」「それは新工夫だね、どうだい苦沙弥などはちと釣ってもらっちゃあ、一寸延びたら人間並になるかも知れないぜ」と迷亭が主人の方を向くと、主人は案外真面目で「寒月君、一寸位脊が延びて生き返る事があるだろうか」と聞く。「それは駄目に極っています。釣られて脊髄(せきずい)が延びるからなんで、早くいうと脊が延びるというより壊(こわ)れるんですからね」「それじゃ、まあやめよう」と主人は断念する。

 演説の続きは、まだなかなか長くあって寒月君は首縊りの生理作用にまで論及するはずでいたが、迷亭がむやみに風来坊のような珍語を挟(はさ)むのと、主人が時々遠慮なく欠伸(あくび)をするので、遂に中途でやめて帰ってしまった。その晩は寒月君が如何なる態度で、如何なる雄弁を振ったか遠方で起った出来事の事だから吾輩には知れよう訳がない。

 二(に)、三日(さんち)は事…

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