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終わらない水俣病:中

 チッソ元従業員の父親は体の不調を抱えながらも、水俣病の患者認定を申請しなかった。「チッソに遠慮していたんじゃないか」。息子の赤松徹さん(66)=横浜市=はそう思っている。

 実家は熊本県水俣市の街中にあった。水俣の隣、津奈木町の漁師の家だったおばの2人の息子は、会話ができず、自分の体を動かすのもやっと。けいれん発作もよく起こした。「2人とも40歳くらいで死んでしまった」。実家の食卓には、おばの家からもらった小魚が並んでいた。

 大正生まれの父はチッソ水俣工場で働いた後、土木建築の仕事に従事したが、50歳前後で失明。緑内障との診断だった。67歳で亡くなった。

 「水銀のせいかもしれないと思うが、チッソは自分がいた会社だから」。患者の認定申請も被害の訴えもしない理由を、兄にそう話していたと後に知った。

 高校卒業後に水俣を離れた赤松さんも10年ほど前から体の不調があらわになった。2009年成立の水俣病被害者救済法(特措法)に基づく救済策の対象に該当し、医療費を受給している。

     ◇

 刺すような手足のしびれ。熊本県芦北町の女性(82)は07年ごろ、夫と共に水俣病の症状が確認され、医療費の支給対象になった。3人の子のうち2人は特措法救済策で医療費などを受けている。

 家族で水俣病にさいなまれながら、女性の胸中は複雑だ。亡くなったおじはチッソに勤めていた。今は20代の孫が、チッソが100%出資する事業子会社JNCで働く。女性が「チッソ」と口にすると、孫に「今はチッソじゃない。JNCだよ」と言い返される。自分たちは水俣病と関係はない――そんな意識も、孫の言葉には感じる。「チッソに悪いことは言えない」と女性は言う。

 11年、チッソは認定患者への…

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