【動画】川村元気さん「想像を超える形で映画になった」=佐藤正人撮影
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川村元気の素

 2005年に26歳で手がけた「電車男」をはじめ、「悪人」や「モテキ」、「バケモノの子」や「バクマン。」など数々のヒット作を送り出してきた映画プロデューサー、川村元気さん(37)。今度は自らの書いた小説が初めて映画化されました。5月14日から全国東宝系で公開される「世界から猫が消えたなら」は、余命わずかと宣告された主人公が悪魔から「世界からひとつものを消せば、一日の命をあげる」と告げられ、残された時間を生きる物語です。「せか猫」として知られる同名の原作は、120万部を超えるベストセラーとなり、韓国語や中国語にも翻訳されました。「映像では表現しにくい世界」を書いたはずの小説は、どうやって映画になったのでしょうか。

「映像にできない物語」が映画化

――自分で小説を書こうと思ったわけは

 「李相日監督と映画『悪人』をつくったとき、原作者の吉田修一さんに脚本も書いてもらいました。作家が自分の原作を映画にするという過程を並走したんです。その時、『これは小説にしかない表現だな。これは映画にしかできない表現だな』と意識するプロセスがあって、二つのメディアの差をすごく考えた。ならば僕は逆をやってみたいなと。つまり、映画の人間として、映画にできない表現方法を使って小説を書いてみたらどうなるだろうと」

――その小説が映画化。予想していましたか。

 「できないだろうと思っていました。小説なら『世界から猫が消えたなら』というタイトルだけで、読者はその世界を想像してくれる。だけど、『世界から猫が消えた』という状態を映像にして、と言われたら、映画の作り手は途方に暮れてしまうはずだと」

 「ただよく考えると、僕はいつも映画になりにくい原作を映像にしてきました。中島哲也監督とつくった『告白』の原作小説は、5人の登場人物が一人語りをしている。そのままでは映画にならないので、脚本や映像を工夫した。大根仁監督の『バクマン。』も、漫画家が漫画を描いているだけでは地味な映像にしかならない。それで、コンピューターグラフィックスやプロジェクションマッピングを使うことで、漫画を描く行為が引き起こす頭の中のインナーワールドを映像にしました」

 「『何かを得るためには、何かを失わなくてはならない』というのが小説のメインテーマです。今回の映画では、『物にひも付く記憶が人間を作っている。何かが消えると、ひも付いている人間関係が消える』という形で、映像的に表現する方法を永井聡監督たちが発明してくれました。できあがった作品を見て、『僕もこうやって発明をひねりだして、映画を作っているんだな』と知らされました」

電話を無くして、虹に気がついた

 ――「世界からひとつものを消せば、一日の命をあげる」という設定はどのように生まれたのですか?

 「4年前に携帯電話を落としたんです。公衆電話を使おうとしたら誰の電話番号も覚えていない。携帯に自分の記憶を全部預けちゃっていることに、ぎょっとしたんです」

 「その後に電車に乗りました。いつもなら携帯を見ちゃうけど、窓の外を見ていたら、四谷辺りで巨大な虹が出てたんですよ」

 「『あ、虹だ。みんな気づいているかな』と周りを見たら、全員、携帯電話を見ていて誰も気づいていない。自分は携帯を落として困って右往左往したけれど、虹に気がつけた。その時に、メインテーマがカチッとはまりました」

 「集まった人が、みんな携帯電話を見ている風景の気持ち悪さって、実は誰もが感じている。でも、ほとんどの場合、自分もその一人なんです。だから、視点を入れ替えることで、普段は見落としている感覚とか価値観を提示できないか。そんな思いが、根っこにあった」

 「もう一つ、自分の中では『死』という重いテーマがありました。ものが消えていく時に、何と引き換えたらすごく切実になるのか考えたとき、やはり『命』だった」

 ――消えるものが電話や映画なのは

 「そこには理屈があります。なぜ最初に電話かというと、日常でいちばん触っているから。でも、電話が消えて気づけたものがあって良かったねという話にはしたくなかった。電話が消えたら、コミュニケーションが奪われる。電話があったからつながれた関係もあるはずで、そこで電話で出会った昔の彼女が出てくるんです」

 「二日目には映画が消える。コミュニケーションを奪われたら、人は何をするかなと考えたら、好きなことをするだろう。たとえば映画を見ること。でも、よく考えたら映画は、無くなっても誰も死なない」

 「自分にとっては生きがいみたいな映画が、あってもなくてもいい。いや、そうじゃない。あってもなくてもいいのに、人間が欲しているのは相当意味があるはずだと考え始める。人によってはそれが音楽や小説かもしれないですね」

 「そうやって一個ずつもがれていって、最後に残った生きる基準は、大切な人との記憶だと思った。その記憶の象徴として、猫が出てきました。小説の中で、主人公と母親と父親とをつないでいた記憶が猫です。猫じゃなくてもいいんですけど、人間というものをかたどっている記憶を象徴させるのに、猫は、面白い存在だなと思いました」

 「これは僕の哲学というか、壮大な思考実験。ただし、それを真面目に論文調に書いても面白くも何ともないので、ストーリーにした。僕は『大事なことはストーリーで語らなければいけない』と映画に教わってきたので」

猫はしゃべらない方がいい

 ――初めて原作者として映画に関わってどうでしたか

 「映画と小説はメディアとして全く違うものだと思っています。だから最初に『ここだけは原作から変えた方がいい』ということを二つだけ言いました。一つは、悪魔はアロハシャツを着ない。もう一つは、猫はしゃべらない」

 「映像にしたとき、アロハシャツを着た悪魔はあまりにスラップスティック(どたばた劇)過ぎるだろうと。それに映画では、佐藤健君が同じ格好で、『僕』という主人公と『悪魔』というキャラクターを演じていますが、観客は、見た目は同じでも別人だと感じられる。それは、俳優の芝居で気がついている。こういう俳優の芝居というのは映画のアドバンテージだから、生かして欲しいとお願いしました」

 「猫がしゃべるのは、小説の世界だと読者の頭の中で猫の声が再生されるので、受け入れられる。でも映画で、実写の猫に後から人間の声を入れるアフレコをすると、人間が後ろでしゃべっているようにしか聞こえないなと。猫という存在はリアルであって欲しかった」

フィクションとドキュメンタリーが混ざる

 ――印象に残ったシーンは

 「健君が演じる『僕』が、お母さんの車いすを押して海を見に行く。健君が、原作にもあるセリフをしゃべって泣いた時、『僕』という役が泣いているのか、佐藤健という個人が自分のお母さんを想(おも)って泣いているのか分からなくなる瞬間があったんです」

 「どこかフィクションの中にドキュメンタリーが混ざってきたというか……。宮﨑あおいさんが、イグアスの滝の前に立った時に泣き始めるシーンも、芝居を超えているんです。宮﨑あおいという人の人生が混ざり込んだ瞬間が映っていて驚き、涙しました。演じている人たちの人生が混ざっている気がして」

 「小説でも、読者の人生が物語と混ざって完成しないかなと思っていました。だから、登場人物には名前を付けず、『僕』、『彼女』、『父さん』、『母さん』にした。登場人物がどういう見た目で、どういう家に住んでいるかという描写もすごく落としました」

 「龍安寺の石庭(京都)が好きなんですよ。岩と砂だけの世界で、みんながそこに海を想像する。小説も、フレームだけを用意してその中に自分の想像力で自分自身を映すことができないかなって。それが俳優の身体を通して映画でも起こった。ああ良かったと思いましたね」

人生の角度を少し変えたい

 ――試写を見た人たちのツイッターを読むと、「生きることや日常、人とのつながりを見つめ直す機会になった」という感想が多く聞かれました。

 「映画や小説を通して、その人の人生の角度をちょっとだけ変えられないかなと思っています。楽しかったというだけ、見る前と見た後が全然変わらない。そんな作品は存在する意味が分からない。僕の周りでは、『見終わった後、母親に連絡した』という人が多かった。母親に連絡するって、簡単なようで意外と難しいことですよね。映画を見た後に世界を見る目が変わって、それができるようになる。一番うれしいことです」

 ――今、まさに猫ブーム。小説を書いた4年前に予想していましたか。

 「4年前に『猫ブームが来るだろう』って言ったら占師としてやっていけますよ。ただ猫は気になっていたんです。僕は犬も大好きです。でも犬は何を考えているのかだいたい分かる。だけど、猫って、『こっちが勘違いしているんじゃないか。猫の方が人間より上なんじゃないか』と思わされるんですよね。『人間が猫を飼っているわけじゃなくて、猫が人間のそばにいてくれているだけなんだ』というセリフを書きましたが、そう思うだけで、人生がちょっと軽く感じて、生きていくのが楽になる。今は小学生までアイデンティティーとか生きる意味を求められる時代だけど、猫から見たらどうなんだろうと」

 「僕も昔そうでしたけど、猫を飼っている人たちって絶対、自分の人生を猫に映しているんです。そんな4年前の僕の気分が、今多くの人と共振しているのかもしれません」

     ◇

 かわむら・げんき 1979年、横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、映画プロデューサーとして「電車男」「告白」「悪人」「モテキ」「バケモノの子」「バクマン。」などの映画を製作。2011年には優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。12年の初小説「世界から猫が消えたなら」が120万部突破の大ベストセラーとなり映画化。近著にハリウッドの巨匠たちとの空想企画会議を収録した「超企画会議」(KADOKAWA)、養老孟司、川上量生、伊藤穣一ら理系人との対話集「理系に学ぶ。」(ダイヤモンド社)がある。(聞き手・丹治翔)