蜷川幸雄さんの悲報を受け、舞台で関わりのあったジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長や、所属のタレントからコメントが相次いだ。

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 ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川さんの話 昭和と平成を見事につなげた人が、東京オリンピックを待たずにさよならなんてずるいよ。

 錦織一清さんの話 少年隊の舞台でお世話になりました。はじめは怖い人だと聞いていましたが、いざ演出を受けてみると、とても優しく愛情にあふれた方だったということが印象に残っています。ご冥福をお祈りします。

 東山紀之さんの話 蜷川さんと会う度に「またやろうな」と言って下さいました。その言葉がうれしかったです。またご一緒したかったです。まだまだ勉強したかったです。蜷川さん、寂しいです。

 植草克秀さんの話 蜷川さんとは、最近お会いする機会がなかなかありませんでしたが、体調が良くないとはお聞きしていました。まさか訃報(ふほう)を受け取ることになるとは思っていなかったので、とても驚いております。

 蜷川さんとは、演出家として「PLAYZONE’90 MASK」での劇中劇「ハムレット」、ドラマ監督としての「風ものがたり」などで演出、ご指導いただきました。

 とても指導に熱心な方で、すぐ怒る怖いイメージの強い蜷川さんであると思いますが、自分もご一緒した際には、「今日は怒らないから」と言われながらも、スタートが掛かった途端に間髪入れずに「バカヤロー!」と怒られた思い出が強く残っています。

 すぐ怒る半面、とても愛情を持ってスタッフ、役者に接する他にはいないような演出家、指導者であったと思います。また蜷川作品に参加させていただけたらと思っていましたが、それもかなわぬこととなってしまいました。残念でしかたありません。ご冥福をお祈りいたします。

 岡本健一さんの話 私の演劇人生は1989年19歳の春、蜷川さん演出「唐版 滝の白糸」でのオープニングにピンクフロイドのデヴィッド・ギルモアが弾く、魂が叫んだギターの音から始まりました。

 蜷川さんは初舞台の私に「演劇は麻薬だ! 取りつかれるぞ!」と言っていました。毎回、稽古場では作品に対して、日本も世界も無く、宇宙レベルで、魂の底から湧き出るエネルギーを求めていました。まだ足りない、まだまだ足りないと、叫び続けていました。毎日革命を起こしていました。

 蜷川さんに会ってから、私は演劇に取りつかれています。舞台に立ち続けています。蜷川さんは、今も確実に別の世界から舞台を創り続け、叫び続けていることでしょう。ありがとうございました。

 木村拓哉さんの話 驚きと同時にものすごく悔しいです。自分が今あるのも、当時右も左もわからなかった自分に「人から拍手してもらえる厳しさと素晴らしさ」を教えて頂けたからだと思います。少し前に「俺がポシャる前にもう一度一緒にやろうぜ」って言ってもらったことが、今頭から離れません。

 坂本昌行さんの話 驚きと残念…

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