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 「あの日のことは今でもはっきりと覚えている」。雲仙岳災害記念館館長の松尾好則さん(65)はそう語る。1991年6月の大火砕流発生時は、島原市立第5小学校に勤務していた。その後、記念館に入り、昨年、館長に就任した。「災害の記憶と教訓を後世に伝えたい」という。

 91年6月3日。その日は朝から雨がシトシトと降っていた。当時は第5小学校の教務主任。学校では低学年が既に帰宅し、4年生以上が下校を始めていたころだった。

 午後4時8分。にわかにあたりが暗くなったと思った瞬間、火砕流の発生を知らせるサイレンがけたたましく鳴り響いた。すぐにマイクを握り、校門を出る子どもたちに「校舎に引き返せ」と叫んだ。全員を校舎内に緊急避難させ、保護者に迎えにくるように連絡。最後の児童を引き渡した時は午後8時を回っていた。

 その日以降、第5小学校の児童…

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