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第7章:1

 目の前に、穏やかな青い海が広がっている。沖の方を大型船が行き来する。

 4月中旬のある日、神奈川県観音崎。心地よい風がそよぐ。米澤敏靖さん(27)は暖かな日差しに目を細めた。

 「全員がそうじゃないかもしれない。でも、自分がつらいと思うなら、ほかにも同じ思いをする人がいるのではないか。それならば、自分がおかしいと思うこと、感じたことを、苦しみも含めて伝えたい――」

 米澤さんは、2011年6月に横浜地裁で裁判員を務めた。担当したのは、川崎市でアパートの大家ら3人が刺殺された事件だ。ほかの裁判員と裁判官らと悩みながら導き出した判決は死刑。一度は控訴されたが、まもなく取り下げられて確定。昨年12月、その津田寿美年(すみとし)・元死刑囚(当時63)に対する刑が執行された。09年に始まった裁判員制度の対象事件としては初めての死刑執行だった。

 「ある意味、第1号になったので、判決を出した裁判員としてそれなりの責任があると思って……」。いつものとつとつとした口調だが、執行後初めて、実名で取材に応じた覚悟を語った。

 死刑執行が伝えられた昨年暮れ、米澤さんのもとには取材依頼が殺到した。それまでは匿名で取材に応じてきたが、このときばかりは、すべての取材を断り、口を閉ざした。

 何も話したくなかった。考えたくなかった。勤める会社の仕事に没頭した。

 「津田さんが死刑になったことを認めたくなかったんです。信じたくなかった。刑が執行されたことを現実として受け入れることができなかった。自分が執行を信じなければ、津田さんがまだどこかで生きていると思える、と思って」

 それから4カ月余。米澤さんが「津田さん」と「さん」づけで呼ぶ津田元死刑囚はもうこの世にはいない。

 米澤さんは新しい職場に移る機…

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